【コラム】ラウンドアップ裁判の深層分析【前編】 なぜ科学は裁判に敗れてしまうのか? 凄腕弁護士の訴訟テクニックを完全解剖

『農業経営者』2019年7月号 No.280特集「さらにラウンドアップの風評を正す」から転載

ラウンドアップをめぐる裁判には日本では報道されない二つの側面がある。一つは弁護士業界にとって巨額収入が見込める「訴訟ビジネス」としての側面(前編)。もう一つは民主党と共和党間の「政治闘争」としての側面である(後編)。今後の裁判の行方、そしてラウンドアップの運命は、米国独自のこれら二軸の構造的な理解なくしては見通せない。一連のラウンドアップ裁判録をもとにジャーナリスト・浅川芳裕氏が解説する。
米国カリフォルニア州でがん患者が農薬大手モンサント社を相手取り、巨額の賠償金を求める裁判が続いている。これまで三度の民事裁判で評決が出ているが、いずれも原告が勝訴。陪審団がモンサントに支払いを命じた損害賠償額は総額2500億円(注1)を超える。さらに、同様の訴訟を控える原告は全米で1万3000人に上るという。

このような裁判報道に接すれば、ラウンドアップの危険性が証明されたとの印象を受けるかもしれないが、真相はそんなに単純ではない。複眼的にラウンドアップ訴訟の本質に迫っていく。

注1:三つの裁判の補償的損害賠償額と懲罰的損害賠償額を合計した金額。2018年8月10日の評決:約320億円、19年3月27日:約88億円、同5月13日:約2200億円。あくまで陪審団が認定する金額であり、裁判官がその額を不当と見なせば減額されるケースもある。本件では、被告がすべて上告しているため、実際に支払われているわけではない。


■訴訟ビジネスの大きな獲物がラウンドアップの製造元であるモンサントだった

まずは、弁護士業界の視点から見ていこう。

一連の訴訟の口火を切ったのは無名の若手弁護士ティモシー・リッツンバーグ氏である。昨年8月10日、モンサントを相手取り、末期がん患者(校庭管理人のジョンソン氏)を原告とする裁判で初めて勝訴し、総額320億円の賠償金認定に導いた。いわゆる「ジョンソン対モンサント事件」だ。
一躍有名となったリッツンバーグ氏は、訴訟の経緯と勝訴の秘訣を率直に明かしている(以下、母校リッチモンド大学の取材記事を抜粋要約)。

「私の専門は発がん性商品の不法行為を問う訴訟案件だ。担当していたがん関連裁判が一息ついたので、事務所にとって次の大きな獲物を探していた。そんなとき、世界保健機関(訳注:実際はその外部機関のIARC 注2)がグリホサート(ラウンドアップの主成分)に発がん性があるとの発表を知った。そこで、製造元モンサントを相手取って裁判を起こすことを決め、(原告の)一般公募を開始した。そして現在、モンサントに対し、2000件の訴訟を起こしている(昨年8月20日現在)。多数が勝訴することになるだろう。通常、こうした訴訟は段階を踏んで進めるが、当事務所はアグレッシブで一気に進める。集団訴訟におけるパンク・ロック(既成概念を破壊するたとえ)のように」

注2:IARC発表内容の問題点についてはこちらこちらを参照。


リッツンバーク
モンサントに初めて勝訴した裁判の担当弁護士リッツンバーグ氏の「ラウンドアップ・がん訴訟」。専門サイト。ここから大量の原告を募る。

要するに、訴訟ビジネスである。被害者からの訴えを受け、裁判を起こすのではない。絶えず、商売になりそうな“がん裁判ネタ”を探しているわけだ。そこでたまたまヒットした新ネタがラウンドアップで、その製造元がモンサントという大きな獲物だったのだ。

リッツンバーグ氏はこのネタをどう料理していったのか。

同氏の裁判での弁護発言録を読んだが、陪審に対して「巨悪企業VS弱い被害者」との構図に訴える印象付けがうまい。若いイケメン弁護士で、メディアへの露出にも長けている。こうして世論も味方につけ、賠償金の相場観を挙げながら、原告一人ひとりを勝訴に導いていくのだ。最後は、背後に控える膨大な原告数を武器に被告のメーカーに圧力をかける。そして、一気に巨額の集団和解金を引き出そうというビジネスモデルである。

一審で勝訴したリッツンバーグ氏は判決後、所属していた法律事務所から独立。ラウンドアップ裁判をメイン商材にしたがん訴訟専門事務所を設立し、モンサントに対して新たな訴訟を次々と起こしている。訴訟ビジネスの成功者だ。

それにしても、どうやって数千人を超える訴訟を起こせるのか。インターネットを通じて広く宣伝を行ない、できるだけ多くの原告を募るのだ。リッツンバーグ氏の宣伝コピーはこうだ。

「もし、あなた自身あるいは愛する人がラウンドアップに接触したことがあれば、補償される権利を有するかもしれません」「あなたが有利な判決を勝ち取るために、私には独自の勝利の方程式があります」「ほかの多数の弁護士事務所も同様の広告を出していますが、モンサントを相手取ってラウンドアップ裁判に集中できる弁護士は私を筆頭に数人しかいません」(リッツンバーグ氏の弁護士事務所のオフィシャルサイトlitzenburgcancerlaw.comから抜粋)

宣伝コピーのすぐ下には弁護士にコンタクトできる記入欄がある。氏名とメールアドレス、電話番号を入力し、クリックするだけだ。あとで詳しいアンケートに答え、所定のフィーを振り込めば、原告になれる。

宣伝がうまければ、原告が殺到するかといえば違う。訴える相手に巨額の賠償金を支払う能力があるかどうかが大きなポイントだ。その点、請求相手としてモンサントは申し分ない。収益性の高い農薬・GM種子大手であるばかりか、親会社にはさらに巨大な化学企業のバイエルも控えている。訴訟コストに対し、勝訴したときに大きなリターンが期待できる。

とはいっても、リターンが大きすぎないか。三度目の裁判では原告1人につき10億ドル(約1100億円、夫婦で20億ドル)を超える損害賠償金を勝ち取っている(注:ただし、のちにその妥当性を判断する裁判官が減額するケースが多い)。その額は今年最大の賠償金で、米国裁判史上でも8番目となる。

10億ドルを陪審員から引き出した弁護士ブレント・ウィズナー氏はそのカラクリを明かす。

「私は実際に10億ドルを要求したわけではありません。原告がラウンドアップを使用した最後の年、モンサントの利益が8億9200万ドルであることを陪審団に示し、こう申し上げました。『あなた方は原告にがんを引き起こしたモンサントに対し、いくらの懲罰を下すべきか。彼らの利益額以上であるべきです。モンサントの科学者はこう言っています。我々ががんを起こしたとしたら、10億ドル級の大問題になる』。私が申したことはそれだけです」(LAW・COMのインタビュー記事から抜粋)」

実際の損害とはなんの関係もない。ただの誘導尋問である。しかし、陪審員の感情を揺さぶり、ある種の良心に訴えるには十分だった。事実、弁護士が誘導した額を判決文に書かせることに成功したのだ。


■裁判は科学ではない

今回の勝訴で、ウィズナー氏は一躍「全米トップ弁護士100人」に選出されている。大企業を相手に巨額の賠償金を勝ち取り、スター弁護士の道へと駆け上がったのだ。

一方、敗訴したモンサント側の弁護士は次のコメントを繰り返すだけだ。

「世界の主要な規制当局は、グリホサートを主成分とする製品は安全に使用でき、グリホサートに発がん性はないという認識で一致している」

それならば、どうして裁判で負けるのか。一言でいえば、裁判は科学ではないからだ。カリフォルニア大学ヘイスティングス法科大学院のデイヴィッド・レヴィン教授はこう述べる。

「今回の裁判が示したことは、陪審員にとって、本質的に科学的な問いに対して判決を下すことがいかに難しいかだ」(AP通信)

がん疫学の権威ケンブリッジ大学ポール・ファロア教授も同様の見解を示す。

「純粋に科学的観点からすると、今回の判決は理にかなっているとは思えない。グリホサートががんのリスク増加に関連しているという疫学的証拠はきわめて弱い」(英ガーディアン紙ネット版2018年8月14日版)

法学、医学の専門家が科学的ではないという裁判は一体、何を根拠に展開されているのか。

裁判はそもそも、科学的な評価をする場ではない。裁判書類の冒頭に書いてある通り、「不法行為」に基づく「人身被害」に関する損害賠償請求訴訟である。

不法行為とは何か。「過失によって他人の権利や利益を侵害すること」である。人身被害とは何か。文字通り、人が身体に被った被害のことだ。

整理すると今回の裁判は、人身被害=「人(原告)が病気になった」ことに関し、その不法行為=「その責任が被告(モンサント)の故意や過失にあるかどうか」を争うものなのだ。そして、被告が敗訴した場合、不法行為に基づく民事訴訟では「損害賠償金」を支払うことになる。

念を押すが、ここでの過失とはラウンドアップの発がん性の科学的評価ではない。立証すべきは、製造責任者である被告の過失によって不法行為が成立しているどうか、である。


■ラウンドアップの潜在的危険性について警告を発していなかった、という原告の主張が通る

では、アメリカ不法行為法と判例において、過失はどう立証されるのか。その成立要件がある。「注意(警告)義務の違反/怠慢」があったかどうか、である。それを判定する基準が三つある。一つ目は、被告は商品の「潜在的な危険性について認識」していたかどうか。二つ目は、その危険性が及びうる人々が「合理的に予見可能な範囲」にいたかどうか。三つ目は、被告の商品が「実質的に損害を与えた可能性が高い」かどうか、である。

言い換えれば、原告が以下3点について陪審員を説得できれば、被告の過失による不法行為が証明され、賠償金を支払うことになる。(1)被告の商品によって人身被害を被ったこと、(2)被告は商品がユーザーに危害を与える可能性をあらかじめ知っていた、(3)その注意を発する義務(商品ラベルに記載する等)を怠ったこと。

では、具体的にはどんな裁判が展開されたのか。三つの裁判のうち、初めてモンサントに勝った「ジョンソン事件」を事例に紹介する。

原告の主張は、上記で解説した「過失による不法行為」を争う訴訟の王道である。「ラウンドアップが被告のがんに影響を与えた可能性があり、その潜在的な危険性について被告は認識していたにもかかわらず、警告を発していなかった」に集約される。

一方、被告側のモンサントは否認する。論拠はこうだ。当社商品に発がん性はないと認められている。したがって、当社の商品と原告の健康状態の間に科学的な因果関係はない。関係がないのだから、危険性を故意に知らせなかった過失など存在しえない、というものだ。

しかし、不法行為の裁判では、そんな冷たい論戦の仕方では被告は必然的に防戦一方になってしまう。なぜなら、ラウンドアップによって人身被害を被った主張の立証責任は原告側に完全に委ねられてしまうからだ。つまり、裁判を通して、モンサント側の発言の出番はほとんどなくなる。その間、陪審員にラウンドアップのせいで病気になったと少しでも思われてしまえば負けだ。

実際、裁判はこれまで紹介した凄腕弁護士の独壇場となった。陪審員の感情を揺さぶるような証言、証拠を次々と繰り出していく。

作業中、薬剤タンクのホースが外れ、ラウンドアップを全身に浴びた日のこと、そのあとに末期がんに侵され、余命わずかと診断された日のこと、家族と安らかに過ごす人生の後半が奪われたことなどなど、原告の悲話が続く。その間、ラウンドアップの危険性についてモンサントに何度も問い合わせたが、一切返答はなかったといった事実も交える。被告の故意を浮き彫りにするためだ。

そのうえで、医療関係者を呼び、こんな証言をさせる。

「ラウンドアップを全身に浴びると、皮膚の細胞を貫通し、(細胞の)組織に入り込み、そしてリンパ系、最終的に血液に達します」「私の医学的確信において、職場や農場でラウンドアップに接触する人にとって、それは実質的ながんの原因であると思います」

そして、陪審員に原告ジョンソン氏の痛々しい病変の画像を見せながら、「彼が2020年まで生き残れる可能性はほとんどありません」と締めくくる。

あとは、その潜在的な危険性をモンサントは以前から認識していたのに、ユーザーに告知する義務を怠った「過失」やその「悪質性」を印象付ければ勝ちだ。とくに故意の悪質性が認められれば、賠償額は企業に対する懲罰目的で高騰する傾向にある。

モンサント 20億ドル
モンサントから20億ドルの懲罰的損害賠償を勝ち取ったウィズナー弁護士が所属する法律事務所のサイト。トップページに「モンサント・ラウンドアップ訴訟。陪審員は我々のクライアントに20億ドルを認定」と宣伝文句が躍る。

弁護士が過失と悪質性の根拠として挙げた証拠が二つある。一つは、1983年、モンサント社にバイオダイナミックス社から納品された実験ペーパーの内容(マウス実験でがんとの因果関係を示唆するものらしいが、原文が公開されておらず、詳細は不明)及びグリホサートの安全性を示す論文がモンサント関係者であるゴーストライターによって執筆されたという疑惑である。この二つの証拠を組み合わせ、以下のようにモンサントを非難した。

モンサントは1983年から長年にわたり、グリホサートのがんとの科学的な関連性を認識しておきながら、ユーザーに対して警告を発しなかったばかりか、会社ぐるみでゴーストライターを使い、その科学的な事実さえをも隠蔽してきた。その結果、死に絶えているのがジョンソン氏であり、ほかに同じ病に侵された数千人の人々がいる。

これで勝負あり、だ。いくらモンサントが科学的な事実に基づいて反論しても、そのモンサントこそが私利私欲のために科学を蹂躙した張本人だと完全に反駁されてしまった。

陪審員は完全に説得され、全員一致で原告の主張をすべて認定した。

下の画像をご覧いただきたい。今回の取材で入手した本裁判の評決書である。評決に至る設問は1から17まであり、損害賠償金額を記入する欄(問い14と17)以外は、すべてYESかNOをチェックする方式となっている。陪審員の回答はすべてYESにチェックが入っていた。

「ジョンソン対モンサント」訴訟の評決文書。実物を入手した。複数の設問に対しYes/Noのクイズ方式で答えていけば、評決にたどり着く形式になっている。原告の主張に対し、納得すればYes、しなければNoをつける。陪審団は全員一致で全設問に対してYesをチェックした。科学的な裁判では、素人である陪審員に感情に訴えられ、説得できる弁護士側が勝訴しやすい。

設問の内容を要約して示す。

1から3はラウンドアップの「設計上の欠陥」(その結果、実質的に原告は危害を受けたかどうか)、4から8は同「警告上の欠陥」(潜在的な危険性について科学的に知りえていたか。その危険性を警告したか)、9から13は「警告上の怠慢」(ユーザーが危険性を知りえないことを認識していたか)、14は「原告が被った損害額」、15と16は「懲罰的な賠償」(モンサントの故意・過失に悪質性があったかどうか)、17は「懲罰的な賠償額」となっている。記入された額は2億5000万ドルである。聞きなれない言葉が多いが、これは過失による不法行為を立証するベースに米国特有のPL(製造物責任)法の概念が入っているからだ。

以上で理解していただけただろうか。陪審員が判断するのは、完全な真実でもなければ、まして純粋な科学的な判断でもない。法廷で提供された証言、証拠に基づき、最後はYES・NOのクイズ方式で勝負が決まる。0.1%でも過失のもっともらしさが50%を超えると感じればYES、50%未満であればNOに付けるのだ。

裁判記録や動画を見て感じたのは、原告側に比べモンサント側の弁護士の説得力の弱さだ。その背景にはクライアントである農薬・化学メーカー特有の科学万能主義的な考え方が垣間見られる。科学的に正しい者が勝つと信じて疑わない思考と態度だ。これでは素人の陪審員は納得できず、裁判では負けてしまう。

いみじくも勝訴した弁護士リッツンバーグ氏はこう言っている。

「最も純粋な民主主義の形は陪審員制度である」「アメリカを動かしているのは企業かもしれないが、企業(モンサント)は陪審員たちに話しかけるすべを知らない」

同意するわけではないが、この弁護士には矜持がある。自分こそがアメリカ民主主義を体現し、陪審員に語りかけているのだ、と。

また、リッツンバーグ氏は今回の裁判に勝利した一因として、大学時代の恩師についても語っている。不法行為法の大家であるフィッシャー教授についてだ。絶えず原告に寄り添う教授を法律家としてリスペクトしており、裁判でも教授の教えが役に立ったという。

「裁判の冒頭陳述で、恩師から学んだ不法行為と因果関係の原則、とくにその真髄となる判例『ポールグラフ対ロング・アイランド鉄道会社事件』を引き合いに出しました。難解すぎて法律実務ではおそらく誰も言及しないものですが、私は使ったのです」

詳しい中身はわからないが、この裁判に臨むにあたって使えるものはすべて使い、周到な作戦を立て、勝ちにいった姿勢がうかがえる。


■陪審員の評決後、担当裁判官が懲罰的損害賠償額の全額却下を求めるも、全額には至らず

最後に、本裁判の後日談を記しておく。

以上の陪審員の評決について、裁判官がすべてを追認したわけではない。担当裁判官のスーザン・ボラノス女史は懲罰的損害賠償額2億5000万ドルを全額却下するよう陪審員に求めたのだ。理由は、評決書の設問15と16で問われた被告の悪質性について、「原告は明白かつ説得力のある証拠を示さなかった」からだという。原告が提出したラウンドアップとがんとの関連性を示す論文やゴーストライター疑惑が証拠として不十分という意味だ。

陪審員はボラノス裁判官に対し、評決を変えないよう促す反論レターを送付すると同時に、その全文をマスコミに公開した。内容はといえば、原告のジョンソン氏の気持ちや死が近い状況に心を寄せる感情的なものだったが、その後、裁判官は黙ってしまった。マスコミによる世論の影響や反モンサント活動家から働きかけがあったかどうかわからないが、裁判官でさえ合理的な判断を下せない状況になっているようだ。

最終的には、ボラノス女史は懲罰賠償額を7800万ドルに減額するとの結論を下した。なんとも中途半端な額だが、裁判官としての抵抗の表現なのか。詳細はわからない。

(後編はこちら

◆筆者

浅川芳裕農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問)
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