【種子法の廃止は危険?】「種子法」廃止で日本の米が消えるのか? 大切なのは、未来の農業をいかに魅力的で強い産業へと成長させるかである

※本論説は朝日新聞DIGITAL「論座」に2018年8月20日付で掲載されたものを転載(一部再編集

東京大学名誉教授、公益財団法人食の安全・安心財団理事長
 
種子法が2018年4月、廃止された。審議中には主要な新聞でほとんど話題にならなかったが、施行後に毎日新聞(2018年5月9日)と東京新聞(2018年7月15日)が批判的な解説記事を掲載した。
両紙は、種子法の廃止によりこれまでは都道府県が行っていた稲・麦・大豆の品種改良と普及ができなくなり、農家は海外企業が開発した種子を買わざるを得なくなって米の価格が高騰し、遺伝子組換え作物の導入などが起こると警告している。インターネットにも同様の危険を煽る記事が多数みられる。もしこれが本当なら、なぜ多くのメディアがこの問題を報道しないのか? 報じられた疑問を中心に、Q&Aの形で考えてみる。 


A 種子法は戦後の食糧不足解決のため1952年に制定された法律で、正確には主要農作物種子法という。稲・麦・大豆の優良な品種(奨励品種)を決定するための試験と、優良な品種として指定されたものの原種(種子)の生産などを、都道府県に義務付けていた。その結果、稲の生産は拡大して米不足は解消したが、やがて食生活が変化して米の消費が減り、1971年から生産調整が本格化した。
 こうした変化に伴い都道府県は、食糧増産から地元産の販売戦略へと、種子法の枠組みを切替えていった。その結果、スーパーの店頭にはササニシキ、あきたこまち、ゆめぴりか、つや姫など多くのブランド米が並ぶようになった。


A 自民党のプロジェクトチームや政府の規制改革推進会議で議論された問題点には、次のようなものがあった。
1. 種子法の枠組みが都道府県の販売戦略と結びついた結果、家庭用需要に合った画一的な品種改良が目指され、味がよくて高単価の「ブランド米」が全国各地に誕生した。ところが、そのうちわずか10銘柄で作付面積の8割を占め、他県で開発された米を奨励品種に設定している県も多い。なかには、ほとんどの開発品種が実際には生産されていない県もある。 
2. 米の需要は全体として低下傾向が続き、家庭用需要が大きく減少しているが、外食や中食などの業務用の需要は増えている。事業者の多くは安価な業務用米を必要としており、コシヒカリのようなブランド品種を使う事業者は少数である。国や民間企業は業務用に向く米も開発しているが、都道府県の奨励品種には指定されなかった。これは都道府県が高価格の家庭用米だけに目を向けていたためで、この需給のミスマッチを改善しない限り、一層の需要減につながりかねない。
3. 都道府県は自分たちが開発した品種を奨励品種にする傾向が強く、民間企業が開発した優良な品種はほとんど採用されないため、民間企業は開発意欲がわかず、力を活用できない。


A 大きな目的は、農業の競争力を強めるために稲・麦・大豆の種子生産に民間企業の参入を促し、種子の供給体制を広げることである。そのために農業競争力強化支援法のなかに「国や都道府県が持つ知見を民間事業者に提供する」という趣旨が盛り込まれた。同時に、都道府県がこれまで通り種子を生産できるように、別の法律である「種苗法」を改正して予算措置を続けることにした。


A 廃止された種子法は、米・麦・大豆という主要作物の安定生産を目的としていた。これに対して種苗法は、種子についての一般法であり、花や農産物など幅広い植物の新品種を登録して権利を守るものである。国会は、種子法廃止が重大な影響を及ぼさないよう、種苗法に基づいて種子生産などの基準を決めることとし、種苗法の告示である「特定種苗の生産等に関する基準」に稲・麦・大豆の種子に関する基準を追加した。


A 「種子法が廃止されると都道府県で種子を開発する法律的根拠がなくなるので、米を安定供給できなくなる」などの報道があった。しかし、種子法は種子増殖に関する法律であり、本来は研究開発とは関係ない。種子法がなくても都道府県がこれまで通り自分たちの意志で開発を続けられるのは当然であり、国はそのための予算措置を含めた支援をすることにしている。


A 自家採種とは、自分で栽培した種もみを使って米の栽培を続けることであり、種子を購入しなくてよい農家にとっては経済的なメリットがある。他方、苦労して新品種を開発した人の権利を守ることも重要であり、種苗法は省令で定められたものについて登録品種の自家採種を禁じている。
平昌オリンピックの時、日本で開発されたイチゴが韓国で無断で栽培されて韓国中に広がっているだけでなく、輸出までされているとして話題になった。国際的なルールでは、新たな登録品種の場合は自家採種が禁止されているのだが、この話題をきっかけに、新品種を守る種苗法の大切さについてはある程度、理解が広まったのではないか。
ただし、省令によって制限されていない品目の自家採種は認められている。また、品種登録されていないものや、登録後25年を経過したものについても、制限を受けない。したがって在来品種のように登録品種ではないものについての自家採種は自由だ。
また、自家採種にはもう一つ問題がある。自家採種を続けると種の性質が変化することだ。例えば最初はコシヒカリだったものが何回か採種を繰り返すとコシヒカリとは認められないものに変化することもある。そのような事態を防ぐには、厳密に管理された原種(種もみ)を使って種子を生産する必要があり、都道府県の役割は引きつづき重要だ。


A 旧来の種子法の下でも、海外企業は日本の種子事業に参入できた。だが実際にそのような例がほとんどなかったのは、人口減少が続き、米の生産量も減り続けている日本に、新たな投資をするだけの魅力が乏しかったからである。
さらに、遺伝子組換えの大豆やトウモロコシは現在でも大量に輸入されているが、国内での栽培はない。それは農業者や消費者の自由な選択の結果であり、たとえ海外企業が遺伝子組換え作物の種子を国内で販売しようとしても、農業者も国民も受け入れないだろう。


A そのような懸念の根拠として、三井化学アグロが開発した「みつひかり」の例が挙げられている。都道府県の奨励品種ではないが、大手牛丼チェーンが購入するなど、かなり広く栽培されている。このみつひかりの種子代は10アール当たり16000円で、現在の奨励品種の10倍ほどする。しかも新登録品種であるため自家採種ができず、毎年種子を購入しなくてはならない。これだけの事実から「日本の米の価格は10倍になる」という主張もあるが、それは事実ではない。そもそも全ての品種をこのような高単価品種に置き換える必要などないし、そんな強制力もない。高い種子も安い種子も、どちらを選ぶかは農家の自由である。
そして、確かに種子代は高いが面積当たりの売上げも大きく、他の品種による収益が10アール当たりの14128円であるのに比べて、みつひかりは19812円と5000円以上多い。種子代がいくら安くても、売れなければ農家は作らない。種子代が高くても売れて収益が増えるから、農家は作っているのだ。
    ◇◇◇◇
種子法の廃止が、なにか大きな損失にはならないのか。いや、持つべき視点はまったく逆だろう。そもそも国民が求めるのは、米などの食料が安定供給され、価格が安定し、選択の範囲が広がることである。そのために国は各種の対策を講じており、しばらくは現状に大きな変化が起きそうにない。
むしろ懸念されるのは、こうした現状維持によって、日本の農業全体が抱える負の構造が温存され、問題の解決が先送りされることである。遠い将来にわたって国民の利益を守るために重要なのは、若者が離れて高齢化が進むなど魅力が失われている日本の農業そのものを活性化することのはずだ。種子法廃止を機に、主要作物の品種改良に多くの民間活力が参入して、魅力ある農産品が生まれ、日本の農業が元気になることを望まずにはいられない。
種子法の廃止は、都道府県に任せていた稲など品種開発に民間の活力をとり入れ、日本農業の競争力を高めようとするものである。一部には、米国企業のためであるとする声もあるようだが、米国が貿易相手国に対する関心事項を網羅的に記載している「外国貿易障壁報告書」には、過去十数年、種子法に関する記述はない。そもそも米国の大企業は日本の種子事業にほとんど参入しておらず、むしろ日本市場に魅力を感じていない現状こそ問題である。今こそ日本の農業の将来像をしっかり考えるべきではないだろうか。

追記:種子法が廃止された前後の11の道県で主要農産物等の種子の生産を引き続き義務付ける条例を制定した。そかし、その内容はすでに国が保証していることであり、これに対する理解が進んだためか、条例を作ろうという動きはその後広がっていない。

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