【パネルディスカッション】「ラウンドアップ風評問題の構造理解」(後編)―緊急セミナー「ラウンドアップ問題を考える」より

会場からの質問に答える水木氏。参加者からもたくさん質問が投げかけられた

パネルディスカッション
青山博昭氏(残留農薬研究所業務執行理事・毒性部長)
唐木英明氏(東京大学名誉教授/公益財団法人食の安全・安心財団理事長)
水木たける氏(青森県弘前市の「あっぷるりんご園」代表)
浅川芳裕氏(農業ジャーナリスト)
コーディネーター:小島正美氏(食生活ジャーナリストの会代表)

「緊急セミナー『ラウンドアップ問題』を考える」の最後を飾るパネルディスカッションでは、青山・唐木両氏に、米国のラウンドアップ裁判に詳しい農業ジャーナリストの浅川氏とりんご農家の水木氏が加わり、食生活ジャーナリストの会代表の小島氏がコーディネーターを務めた。ディスカッションのテーマは、ラウンドアップ裁判の背景にある訴訟ビジネスや政治対立の実態、不当な裁判に臆せず闘う米国生産者の姿から、IARC(国際がん研究機関)の分類に関する疑問やセラリーニ論文の非科学性に及んだ。当日会場に駆けつけた畑作農家の片岡氏と水木氏はラウンドアップを日常的に使用する現場の立場から農薬問題を語り、情報発信のあり方を提言した。


■セラリーニ実験の反科学者性

小島 毒性学から見ても疫学から見ても、現在使用が認められている農薬に「発がん性はない」ということですね。よくわかりました。

ラウンドアップを標的にする人たちが根拠にするセラリーニ氏の本を改めて読んでみました。発がん性ありとした実験でセラリーニ氏はがんになりやすい系統のラットを使用しています。最初から結論ありきを導く実験手法だと思うのですが、ラットの使用に関しては何か規制やルールはないのでしょうか。

青山 どの系統のラットを使用するかに関する規制はありません。ただ、基本的には感受性の高い系統のラットを使います。反応が出やすい系統のラットを使用したほうが、評価の精度が上がりますから。しかし、感受性の高い系統のラットでも、研究者はどんな系統の物質に反応しやすいか、自然にがんのできる部位はどこかといった系統ごとの特徴や背景データは熟知しています。

ですから無処置群のラットと比較する際には、系統ごとの特徴を踏まえて、自分が調べている物質の影響による変化なのか、系統の特性から出てきた変化なのかを厳密に区別しようとするのが常識的な研究姿勢です。ある病変が現れたケースでも、実験に使った系統のラットに特徴的な背景値の範囲内であれば、仮にがんができても、常識的には被験物質の影響ではないという判断を下すと思います。

小島 セラリーニ氏はあえてその区別をしなかった。しかし、セラリーニ氏の論文は、セラリーニ氏の実験を再現して検証したEC(欧州委員会)の長期投与試験や東京都の動物実験では否定され、さらに論文の撤回騒ぎもあり、研究者の間では完全に否定されています。ただ、学術的に否定されても、強い信念をもつ人たちの考えが変わるわけではなく、反GM活動家や一部の市民からはいまだに信じられています。

小島正美氏(食生活ジャーナリストの会代表)。セラリーニ実験の反科学者性に言及

もう一点、セラリーニ氏の論文では、一匹のラットに8個のがんができたなど多発性をことさらに強調しています。一匹に1個のがんができるのと多発性のがんができるのでは評価が変わってくるのでしょうか。

青山 一匹の個体に複数のがんができる多発性のがんと単発性のがんを区別したうえで、しかし多発性のがんだけを高リスク評価の要因とはせず、あらゆる状況を総合的に判断して最終的な評価を下す。それが毒性学者の常識です。


■IARC(国際がん研究機関)の分類は論文の数で決まった?

小島 ラウンドアップ問題がこれだけの騒ぎになった発端は、IARCがラウンドアップをおそらく発がん性があるグループ2Aに分類したことです。この判断に毒性学や疫学の学者は関与していたのでしょうか、もし関与していたのなら、なぜ論争で負けてしまったのでしょうか。

青山 私は日常的にEPAの研究者たちと様々な問題について議論していますし、EFSA(欧州食品安全機関)関連の研究者たちともコミュニケーションを取ってています。しかし、IARCはどうも閉鎖的な組織のようで、交流のあるメンバーは一人もいないので、内部に毒性学の専門家がいるかどうかもわかりません。私が知らないだけかもしれませんが、外部からは特殊な組織にみえます。

唐木 IARCの評価の過程は論文になっていて、公開されています。ラウンドアップを2Aに分類した評価の過程を見てみると、どういう論文を根拠に結論を出したのかがわかります。ただし、根拠とされた論文の質については議論がありますし、その論文をどう解釈するかについても議論があり、IARCの結論は間違いだという意見が学者から噴出しているのも確かです。

唐木英明氏(東京大学名誉教授/公益財団法人食の安全・安心財団理事長)。「IARCの結論は間違いだという意見が学者から噴出しているのも確か」

小島 メディアの方にとくに言いたいのは、グループ1、グループ2といった順番を発がんリスクの高い順だと誤った理解で記事を書かないでくださいということです。このグループ1、グループ2の意味をメディア、さらには一般の方にもわかりやすく伝える言い方はないでしょうか。

唐木 分かりやすく言うと、論文の数の多さの順だと理解してください。発がん性ありとする論文が数多くあれば「発がんリスクと関連がありそうだから」グループ1、次いで論文が多ければグループ2に分類。ただし、論文の質はあまり問わない。もちろん科学の世界では、論文の数だけでなく、質が問題になります。

青山 私たちが通常、リスク評価のための議論をするときには、必ず「ウェイト・オブ・エビデンス」を重視します。例えば同じ疫学調査でも、サンプルの母数が100で、病気の発現が1と5で5倍の発現頻度になったとします。片や母数が5万あって、発現数が1000と5000と5倍違ったとしましょう。同じ5倍の差が出た調査でも、母数が100で発現数も一桁の調査と、母数が万で発現数1000の単位の調査では、証拠の重み、つまりデータの信頼性がまったく違うと考えます。リスクを評価するための議論で重点を置くのは、より信頼のおけるデータのほうです。

唐木さんの話を聞いていると、IARCはウェイト・オブ・エビデンスには関心がないのかな。彼らはハザード情報を発信することが目的なのだからそれで良いと考えているのかもしれませんが、リスク評価機関からみたらどうなのかなと首をかしげたくなります。そこが我々毒性学者とコミュニケーションできない理由なのかもしれません。


■ラウンドアップ問題が拡大する理由

浅川 IARCに対する不信感は保守系の共和党議員にも広がっていて、米上院の科学委員会(共和党議員)はIARCの人間を参考人として公聴会に呼び出して「この分類基準は何か」を問い質しました。そして「非科学的な見解により、米国の農業者、ひいては消費者に損害を与えるなら、米政府からの拠出金を大幅削減する」という議論に今はなってきています。

実際、ラウンドアップなどの除草剤が使えなくなった場合の経済損失は、米食品農業政策センター調査によると「米国の穀物農家の収入損失は年間210億ドル(約2兆3000億円)」で、アメリカ雑草科学学会の調査では「北米のトウモロコシ及び大豆生産に限っても経済的損失は430億ドル(約4兆7000億円)」になるという推計を発表しています。

一方で、国際的な環境派、反GM派の人たちに支持される民主党系のリベラル政治家は「ラウンドアップは危険だ」「経済損失は大きくない」などと主張しています。つまり今やラウンドアップ問題は、発がん性の有無という「科学的な議論」、訴訟社会米国ならではの「訴訟ビジネスの側面」、共和党と民主党のどちらを応援するかという「政治問題」の3つが絡み合うことによって、マーケットの規模がどんどん拡大しているのです。

小島さんがさきほど懲罰的賠償が課されたベビーパウダーや抗精神薬の訴訟例を出しましたが、そのメカニズムはこうです。弁護士の専門サイトを見ると、彼らはこぞって発がん性商品らしきものを販売している企業の毎年の営業利益を調べています。この営業利益が賠償金請求額の元金になります。モンサントは独バイエルに買収されたことで営業利益が増大し、賠償金の元金も跳ね上がった。この点も日本の報道では全く触れられていません。

浅川芳裕氏(農業ジャーナリスト)。「今やラウンドアップ問題は、発がん性の有無という「科学的な議論」、訴訟社会米国ならではの「訴訟ビジネスの側面」、共和党と民主党のどちらを応援するかという「政治問題」の3つが絡み合うことによって、マーケットの規模がどんどん拡大している」

小島 ジョンソン&ジョンソンが標的にされたのも営業利益が莫大だからなんですね。

浅川 そうです。ラウンドアップが原因でがんを発症したとしてカリフォルニア州の夫婦が賠償を求めた訴訟の判決が2019年5月にあり、陪審員はモンサントに対して、約20億ドル(約2200億円)の賠償金支払いを命じる評決を下しました。20億ドルの根拠は何かというと、原告ががんを発症した年のモンサントの営業利益が約8億ドルでした。

原告弁護士は「懲罰的賠償金は営業利益よりも少ないべきでしょうか」と陪審員に訴えかけたのです。陪審員には賠償額を記入する役割も与えられていて、がんの原因がラウンドアップにあると認めたあとに、人間の感情として営業利益以下の数字は書けないと思います。そこで10億ドルと記入する。夫婦2人で20億ドルというわけです。被告側は上訴(控訴)するでしょうが、仮に結審すれば弁護士の取り分は数百億円に達するでしょう。

小島 IARCの評価では飲酒やハム・ソーセージはグループ1に分類されているけれども、警告の表示義務を課されていないし、裁判も起こされていない。ちゃんと相手を選んでいるわけですね。

浅川 基本的には裁判にかかるコストを回収でき、さらに多額の賠償金が見込める企業にだけ訴訟を起こすのが彼らのやり方です。それでも米国の農業者は闘う姿勢を見せていて、コーヒーがグループ2に分類されたときに、カリフォルニア州から表示義務を課された米国の生産者団体と米スターバックスが表示義務の撤回を求めて訴えたケースがありました。最終的に表示義務の撤回を命じる判決が下りました。

唐木 コーヒーは2016年にグループ2からグループ3にIARCの分類が変更されました。世界中の研究者が10年以上にわたってコーヒーに発がん性はないという論文をたくさん出し、IARCの判断を変えさせることに成功したケースです。時間はかかりますが、一つの対抗手段ですね。


■99.7%の農地で使用される農薬危険説をメディアは疑え

小島 最後に農家の水木さんからラウンドアップを含めた農薬の情報発信に関する要望や提言をお願いします。

水木 青山さんや唐木さんの講演を聴いて、農薬の安全性を再確認しました。日本の99.7%の農地では農薬が使われていて、使用されていない農地はわずか0.3%しかありません。にもかかわらず、農薬に関する情報の多くは有機栽培の農家から発信されています。つまり、農業生産の実態と農薬の情報量が逆転しているのが今の状況です。そのため、「農薬は危険」で「無農薬が安全」という間違った情報が流布しています。メディアの方々はこうした情報の偏りと世間に広がる俗説を正す責務があると思います。さもないと消費者に被害が及びますし、表に出ないだけで被害は現実に出ていると思います。

水木たける氏(青森県弘前市の「あっぷるりんご園」代表)。「農薬を使用しないリスクとデメリットも消費者に正しく伝えていただきたい。例えば小麦は農薬を使用しないと猛毒のカビが生え、海外ではそのカビによる死亡例もある」と訴える

ヴィーガンやオーガニックが健康にいいという情報ばかりが世の中に広がりつつありますが、本当にそうなのか。科学的データに基づくエビデンスはあるのか、きちんと調べたうえで報じる。過去の報道が間違っていたりエビデンスがないなら訂正する。メディアとして当然のことをしてほしい。

最初に無農薬りんごの危険性を指摘しましたが、農薬を使用しないリスクとデメリットも消費者に正しく伝えていただきたい。例えば小麦は農薬を使用しないと猛毒のカビが生え、海外ではそのカビによる死亡例もあります。我々生産者は安全でおいしい農作物を生産すると同時に、いつでもほしいときに手に入る農作物を提供したいという思いもあります。流通や保管まで考えると、農薬や添加物の適切な使用が最も安全性が高く、効率的で低コストの生産供給方法だと私は思います。

セミナーの様子
セミナーには数多くの参加者が。ラウンドアップ問題についての関心の高さがよくわかる


(前編はこちら

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