【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】6杯目:ネタ映画の世界

笑顔の山田氏
■トンデモ大集合「タネは誰のもの」

このコラムでも何度か登場した、植物の新品種の知的財産権を定めた法律「種苗法」。ざっくり言うと「誰かが開発した新品種を勝手に増やして商売したらいけないよ」という著作権法のようなものです。どの法律もそうなのですが、不十分な点は改正されることがあります。種苗法もその一つ。農家や関係者、農林水産省が長年話し合い、昨年改正されました。

どのように改正されたかは公開されている正確な資料があるので割愛しますが、この法改正にはとにかくありとあらゆるトンデモ論が付きまといました。「海外の企業に農業が乗っ取られる」「新型コロナウイルスの騒動の中どさくさまぎれで改正される」「農産物の安全性が失われる」などです。どれも一次資料を読めば無関係であることがわかるものですが、ついにその集大成、全てのトンデモが大集合したアベンジャーズのような映画が公開されました。それが映画「タネは誰のもの」です。先日、上映会&トークイベントに参加してきたので、今日はそのツッコミどころ満載の世界をご紹介します。

まずこの映画は「大企業の企みによって種苗法が改正され、農業は大変なことに!」という設定に基づいています。のっけからクラクラする内容です。この大企業とは実在するごく普通の会社なのですが、世界の支配を企て政府を陰で操る悪の組織として描かれています。まるでショッカーのようです。

映画では「農業が支配され、農産物の安全が脅かされ、農家は投獄されるか自殺に追い込まれる!(かもしれない)」といった妄想が惜しげもなく披露されています。冷静に考えると顧客である農家をそんな目に遭わせて会社に何の得があるのかわかりませんし、そこまで言うなら根拠が聞きたくなりますが、最後まで示されません。ただ、「可能性がなくはない」というなんとも頼りない根拠をもとに映画は進行します。

■ドキュメンタリーでなくファンタジー映画

もうおわかりかと思いますが、「タネは誰のもの」はドキュメンタリーのように見えて、実際は不安を掻き立てるために作られたファンタジー映画なのです。映画にはたくさんの農業関係者へのインタビューが登場するのですが、内容が大胆にカットされているので会話が不自然になっている所もしばしば。

たとえば、色々な農家さんが種苗法改正について感想を述べるのですが「日本のタネがなくなっては困ります!」とか「苗に毎年1000万円もかかるようになればうちは潰れてしまいます!」とか「タネとセットで無理やり農薬を買わせるなんて許せない!」など、およそ法改正とは無関係な不安の声ばかり。どんな質問をしたらこんなコメントが返ってくるんだろう? と不思議になるのですが、肝心な質問が丸々カットされているのでさっぱりわかりません。

そんなモヤモヤをよそに「農家のみなさんは法改正に怒りや悲しみを隠せません」という展開へと導かれていきます。また、今度は逆に回答がカットされているシーンも。農水省が開いた説明会のシーンでは、映画の出演者兼プロデューサーが「君たち農水省は嘘をついているだろう! どうなんだ!」と詰め寄るのですが、農水省職員さんの回答が丸々カットされており、ただ黙っている姿だけが映されています。まるで図星を突かれて答えに窮しているかのようです。これでは丁寧に説明会を開いた農水省職員さんたちが気の毒でなりません。

■不自然な見せ方で極論へ導く

他にも、法改正で期待される効果を真逆に伝えるケースも。それは、山形県が開発したサクランボがオーストラリアに持ち出されて栽培され、日本に逆輸入されそうになった事例。開発者の権利を守るため、輸入差し止めをめぐって歳月と労力が費やされた、改正前の法律の不十分さを物語る出来事です。

ところが、作品では専門家へのインタビューで「現行法で輸入差し止めはできましたか?」と極めてシンプルに質問し、「YES」の回答のみを紹介。「だから法改正は無意味」「ははーん。農水省は本当の目的を隠しているな」と乱暴に結論付けているのですが、解決にどれほどの歳月と労力が伴ったか、重要な点が丸ごと省略されています。これでは、「東京から大阪まで歩いて行けますか? YES or NO?」と質問して、「YESだったら新幹線は無意味だ! さては鉄道会社を儲けさせようと嘘をついているな?」と言っているようなものです。

■育成者の功労は無視

この映画にはトンデモ農家さんも登場します。終盤で登場する自然農の農家さんは、他の人が開発した登録品種を「勝手に増殖して何が悪い? 良いものは(無償で)分け与えるべきだ。自然のものだろ?」と持論を展開。ここでは育種家が品種開発にかける途方もない時間とコストが完全に無視されています。インタビューでは自分の育てる品種を開発した育種家への尊重どころか「(開発した品種の)権利を主張すると手痛いしっぺ返しがくると思いますよ」と逆に謎の警告を与えているので驚きです。

まるで、海賊版DVDを売る業者が「勝手に複製したDVDを販売して何が悪い? 作った映画はみんなに分け与えなさい! あまり欲をかかない方が身のためだぞ!」と、版権元に説教しているようです。著作権が守られなかったら、誰が映画を作りますか? 誰が品種改良をしますか? そんなことを考えていたら、この映画のプロデューサーに「映画は誰のもの?」と聞いてみたくなりました。

■タネではなくネタの映画

このほかにも、「F1品種は種ができない」とメンデルの法則ガン無視の珍説が登場したり、知的財産権(著作権のようなもの)と知見(見識やノウハウ)を混同して話が進行したりとネタが満載。そう、これはタネの映画ではなく、「ネタの映画」なのです。短い映画ですが、ノンストップで繰り出されるネタに圧倒され、観終わる頃にはぐったりしてしまいました。

上映後には出演者兼プロデューサーの山田正彦元農水大臣が客席の前に登場し、遺伝子組換え作物が云々、農薬が云々とこれまた種苗法と無関係の話を無理やり結びつけ、観客を散々不安がらせて拍手喝采の中、イベントは終わりました。超大作ネタ映画「タネは誰のもの」みなさんぜひチェックしてみてください。おススメです!


◆筆者

農家BAR NaYa/ナヤラジオ 渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)

◆プロフィール

1984年長崎県出身。流通大手に就職し、千葉県船橋市で農産売場を担当する。2011年に地元に戻るも就職先が見つからず実家の畑を耕しながら農業を学ぶ。

あるとき小さな失敗が原因で規格外の野菜を大量に作ってしまい、やむなく軽トラで町まで運び、路上で販売する日々が始まる。これを機に消費者と直接話せることを期待するも、ほとんどの買い物客は農家の声に興味を示さず目論見が外れる。

せめて売上の増加につながればと思い、野菜と一緒にドリンクの販売を始めたところ好評に。ドリンクを飲みながらだと、農業トークも弾むことに気が付く。次第に「普段はどこでお店を開いているの?」と聞かれるようになったので、2018年に試しに「農家BAR NaYa」を開業した。50種類以上の珍しくて豊富な自家製果実酒を提供している。なぜか椎茸酒がいちばんの人気でいちばん不人気が梅酒(おいしいのに)。

カウンターでの農業トークがきっかけで2019年、エフエム諫早で農業バラエティ「ナヤラジオ」放送開始。メインパーソナリティを務める。番組の方針は「農業を飾ることなく、あらゆる方面からお話する」こと。2020年には株式会社ナヤカンパニーを設立。ふるさとに産業を興すべく、弟と共に羊牧場開設を目指す。

趣味は一人旅。中東や東ヨーロッパを中心に三十数か国を旅する。アラビア語と韓国語が少し話せるが滅多に使う機会がない。

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