【解説】ラウンドアップはなぜ風評被害に遭っているのか?

『農業経営者』2019年6月号 No.279 特集「ラウンドアップの風評を正す」から転載

公益財団法人食の安全・安心財団理事長 東京大学名誉教授
安全性が高く、有用な除草剤として古くから世界中で使用されているラウンドアップが危険な農薬であるかのような風評被害に遭っている。不正確な論文や恐怖をあおる映画が作られ、非科学的な風評が拡散し、それが裁判にまで影響し、ラウンドアップを必要としている農業者に不安が広がっている。このような事態になった原因は、ラウンドアップが遺伝子組換え(GM)反対の道具に使われたことである。その顛末と対策について考える。


(1)ラウンドアップ
ラウンドアップは米国モンサント社(※1)が1974年に発売した除草剤であり、有効成分はグリホサートという化学物質である。ほとんどの種類の雑草を除草することができるのだが、散布すると短時間で土壌に吸着され、微生物により分解されて消失するので、環境汚染の可能性は小さい。また、後で述べるように安全性が高く、適切に使用する限り人の健康被害はない。このような優れた性質を持つため、世界の160カ国以上で広く使用され、日本や米国では最も多く使用されている。

発売されてから約20年間、ラウンドアップは広く使われ、その安全性について特段の議論はなかった。しかしその後、ラウンドアップの運命は大きく変わり、一部の人たちから毛嫌いされるようになった。そのきっかけは1996年に始まった遺伝子組換え(GM)作物の商業栽培だった。

(2)ラウンドアップレディー
最初に栽培されたGM作物はモンサント社が開発した「ラウンドアップレディー」(ラウンドアップ耐性)と呼ばれるもので、ラウンドアップを散布しても枯れない性質を持った大豆やトウモロコシだった。このGM作物が育つ畑にラウンドアップを散布するとすべての雑草は枯れてしまい、GM作物だけが生き残る。そんな夢のような新技術だ。農業労働の大きな部分を占める除草が簡単になるというメリットのため、ラウンドアップレディーは世界中に広がり、GM作物の大きな部分を占めるようになった。日本でもその安全性の審査が行なわれ、ラウンドアップレディーのトウモロコシ、大豆、菜種、綿などの安全性が確認されている。ラウンドアップもラウンドアップレディーと一体になって売り上げを伸ばした。

ところが、GM技術には当初から反対運動があった。そもそも「遺伝子は神の領域であり、人間がこれに手を付けることは許されない」という神学的な反対や、「自然ではない遺伝子が入っているものなんか食べたくない」という感情的な反対である。これが世界的な運動に広がったきっかけは、企業の間違いにより起こったスターリンク事件だった。

(3)スターリンク事件
1998年に除草剤耐性だけでなく害虫抵抗性も持つGMトウモロコシ「スターリンク」がフランスのアベンティス社により開発された。すべてのGM作物は発売前に安全性と環境への影響について国の審査を受け、とくにアレルギーについては厳しく審査される。スターリンクはアレルギーに関するデータが不足していたため食用には許可にならず、飼料用として栽培が始まった。

ところが2000年に米国で、メキシコ料理のタコスの材料であるトウモロコシにスターリンクが混入していることを反GM団体が見つけた。輸送や貯蔵の過程で混入してしまったのだ。米国では何か問題があればすぐに訴訟になる。このニュースを聞いた消費者から、スターリンクを食べたため体調を崩したという訴えが続出し、中にはアレルギーを起こした人もいた。アレルギーとスターリンクの関連は医学的に否定されたが、2002年にアベンティス社はアレルギーを起こしたと訴えた3人に900万ドル(約10億円)を支払うことで和解した。こうしてGM作物はアレルギーを起こすという間違った情報が広がり、スターリンクは栽培停止と回収に追い込まれ、米国トウモロコシ関連業界は大混乱に陥った。そして、この問題をきっかけにしてGM作物に対する反対運動が世界的に大きく広がった。

日本ではスターリンクを承認していなかったが、輸入した飼料用トウモロコシにスターリンクが混入していることを反GM団体が見つけた。これについての政府の発表が遅れたため、「遺伝子組換えはアレルギーの原因」、「未承認遺伝子組換えが食品に混入」、「政府の情報隠し」などのセンセーショナルな新聞、テレビ報道が相次ぎ、恐怖が広がり、GM作物への反対が増えていった。

(4)ラウンドアップ潰し
スターリンクが消えた後に反GM団体のターゲットになったのがラウンドアップレディーだが、これは厳しい審査を経て承認されたもので、安全性に疑問を持たせる材料に乏しかった。そこで目をつけられたのがラウンドアップだった。これを潰せばラウンドアップレディーも潰せるだろうという目論見だ。そして、「ラウンドアップには発がん性がある」、「ラウンドアップレディーは危険」といった映画が次々作られた。主なものだけでも『ザ・フューチャー・オブ・フード』(2004)、『モンサントの不自然な食べもの』(2008)、『遺伝子組み換えルーレット-私たちの生命のギャンブル』(2012)、『パパ、遺伝子組換えってなぁに?』(2013)、『たねと私の旅』(2017)などがある。

同様の内容の単行本も多数が出版され、それがSNSなどを通じて拡散し、多くの人の「常識」になってしまった。それらが流す内容は、「モンサント社はベトナム戦争で使われた枯葉剤を作った最悪の企業」、「ラウンドアップにも遺伝子組換え作物にも発がん性があるにもかかわらず、モンサント社と政治の癒着の中でその事実が隠されている」、「科学的データを出そうとするとセラリーニ教授のように弾圧され排除される」、「こうしてモンサント社のような世界的大企業が政治を動かし、作物の種子を独占し、世界の農業を支配しようとしている」などの陰謀論である。米国の調査では国民の半分以上がこのような途方もない陰謀論を信じているという。

それではラウンドアップの安全性に問題はあるのだろうか。

(5)ラウンドアップの安全性
「ラウンドアップは危険」という話が時々出てきて話題になった。その一つが、遺伝子組換えに反対しているフランスのセラリーニ教授が2012年に発表した、ラウンドアップがラットの乳がんを増やすという論文である。多くのメディアがこれを報道して不安が広がった。しかし、それまでの多くの研究でラウンドアップには発がん性がないことが確認されている。それなのにこの論文だけが発がん性があると主張している理由について多くの研究者が検証した結果、論文に科学的な誤りがあることが分かった。この実験に使われたラットは自然の状態でも加齢とともに多くのがんができる種類であり、実験に使われたラットの数が少なかったので、自然にできるがんとそれ以外のがんを区別することが難しく、自然にできたがんをラウンドアップの影響にしてしまったのだ。多くの批判の結果、この論文は取り消された。これはモンサント社の陰謀だとセラリーニ教授は主張したが、まともな研究者が信じる話ではない。ところが、別の科学雑誌がこれをそのまま掲載し、現在も読むことができる。このことは一部の研究者と科学雑誌には問題があることと、これまでの定説と違う論文が出たと言って大騒ぎをすると間違えることを示している。

大きな誤解を招いたのが国際がん研究機関(IARC)の発表である。IARCの仕事は化学物質などに発がん性があることを示す「根拠の強さ」を評価することで、その物質の発がん性の強さや、実際にがんを起こすリスクがあるのかは評価していない。といっても分かりにくいので、IARCの評価結果(表)で説明する。グループ1は「発がん性を示す十分な証拠があるもの」だが、ここに加工肉(ハム、ソーセージ、ベーコンなど)、たばこ、酒、エックス線などが含まれる。ここまでがIARCの仕事である。そこから先はリスク評価機関が行なう仕事で、その評価結果によれば、たばこは発がん性が強く、実際にがんを引き起こすが、ハムやベーコンは発がん性が弱く、がんを引き起こす可能性は小さい。グループ2Aは「ヒトに対しておそらく発がん性がある」ものだが、ここにはコーヒーに含まれるカフェ酸が入っている。これを見て「コーヒーは危険」と思うのは間違いで、カフェ酸の発がん性は弱いのでIARCもコーヒーをグループ2Aには入れていない。

IARCは2015年にラウンドアップをグループ2Aに分類した。主な根拠はラウンドアップが非ホジキンリンパ腫というがんを引き起こすかもしれないという論文だが、これはラウンドアップに発がん性はないというこれまでの多くの研究結果とは違う結論であり、世界の多くの研究機関が間違いを指摘した。たとえば、日本の食品安全委員会は2016年にラウンドアップに発がん性はないと判断し、IARCは科学的に価値が低い問題がある論文まで取り上げて結論を出しているが、食品安全委員会は国際的に合意された試験法に従って行なわれた信頼できる試験結果をもとにしたと述べている(※2)。ごく最近、米国環境保護庁もラウンドアップは健康に悪影響がないことを報告し(※3)、各国の専門機関も同様の評価をしている。その一覧はモンサント社のホームページに掲載されている(※4)。

IARCの評価結果を報道したメディアにも誤解があった。評価は発がん性の「根拠の強さ」に過ぎないことを十分に理解せず、実際に「がんを引き起こす強さ」と誤解した記事も見られ、その影響は大きかった。たとえば、IARCが本拠を置くフランスは2019年に果樹園等で用いるラウンドアッププロ360という製品を禁止した。さらに誤解は米国にも及んだ。

表:国際がん研究機関(IARC)による発がん性の評価の例
国際がん研究機関(IARC)による発がん性の評価の例
*:発がん性の「根拠の強さ」であり、「発がん性の強さ」ではない。

(6)カリフォルニア州の裁判
2018年にカリフォルニア州でラウンドアップを使用したため、非ホジキンリンパ腫になったという訴えがあった。裁判の争点はラウンドアップが発がん性を持つのかではなく、モンサント社がラウンドアップの危険性を使用者に十分伝えていたのかという点だった。モンサント社がIARCの分類を否定したこともあり、陪審員はモンサント社の責任を認め、懲罰的損害賠償を含む3億ドル(310億円)近い賠償を命じ、後に7800万ドル(約86億円)に減額した。

2019年にもカリフォルニア州で2件の裁判が行なわれ、ここではラウンドアップががんの原因であることを認めてモンサント社に1件は8000万ドル(約88億円)、もう1件は懲罰的損害賠償を含む約20億ドル(約2200億円)の賠償を命じた。評決は一般から選任された陪審員によるもので、原告の訴えやIARCの評価を見てラウンドアップに発がん性があると誤解をした結果と考えられる。モンサント社が上告したので判決は確定していない。

このような経緯を見ると、反GM団体の作戦が着々と成果を上げているように見える。モンサント社が「ラウンドアップは安全」という科学的に正しい主張をすればするほど反対派の反発は強くなる。人間の判断の背景には先入観があり、「ラウンドアップは危険」と信じている人にとってはモンサントの反論は虚偽に聞こえる。「科学的事実を見てほしい」と言われると「確証バイアス」という心理が働き、自分が信じていることを裏付ける情報ばかり探し、自分の考えとは違う情報はフェイクニュースと考えて無視する。こうして一度でき上がった先入観はますます強固になり、これを変えることは極めて難しい。すべての陪審員に正しい科学の知識を持ってもらうことは難しく、といって誤解を広げている風評を止めることも難しい。ラウンドアップをめぐる訴訟が1万件以上控えているといわれ、その行方は予断を許さない。

(7)どう対処したらいいのか?
日本はGM作物を輸入しているが、国内で栽培はしていない。これは食料の安定供給を輸入に頼らざるを得ない事情と、反GM団体の活動を無視できない事情の接点かもしれないが、海外から見ると「おかしな日本」ということになる。ところが、反GM団体はGM作物の輸入を認めているわけでもない。セラリーニ教授の論文やIARCの評価などを口実にしてGM作物もラウンドアップも危険と主張している。このような状況に農業者はどのように対処したらいいのだろうか。それは以下の3点と考える。

第1に、何が正しいのかを見極め、確信を持つことである。食品安全委員会などの日本の政府機関も国際機関も、そして多くの研究者も、ラウンドアップとGM作物は「安全」と断言している。IARCやセラリーニ教授のように、ほんの一部の人が「危険」というとメディア的には面白く、大きく報道する。すると、それを信じる人がニュースを拡散する。しかし、元をたどればそれはフェイクニュースに過ぎない。食品安全委員会やリスク管理を担当する行政の情報を信じてほしい。

第2は、正しい情報を周囲に伝えて仲間を作り、増やすことである。ラウンドアップのメリットを実感する農業者は多い。しかし、「危険」という風評に惑わされている人もいる。「安全」と確信して使い続ける仲間が増えることは周囲を元気づけるとともに、風評の影響を受けている人たちに別の影響を及ぼすことができるようになる。

情報源が新聞やテレビからインターネットに代わり、情報を受け取るだけの時代から自由に発信できる時代になった。新聞・テレビ時代には情報の内容を編集長がチェックしていたが、ネット時代の情報発信をチェックする人はいないため、ネット情報のほとんどがフェイクニュースになった。そんな時代にはフェイクニュースを見極める「情報リテラシー」が求められる。さらに、フェイクニュースに対抗するためにはそれらに対抗できる量の情報発信が必要であり、そのためにも仲間の力を結集することも必要である。そして、これは次に述べる消費者対応にも役に立つ。

第3は、消費者を味方につけることである。消費者は悪い評判があるものは避けるのだが、これに対抗する手段は丁寧な説明により消費者の信頼を得ることと、そして何よりも農作物に魅力があることである。ラウンドアップに神経質な消費者や小売業者がそれほど多いとは考えられないが、質問などがあれば科学的でわかりやすい説明が重要であり、そのために十分な準備が必要である。そして、あらゆる手段を使った情報発信の継続も重要である。

【注】
※1 2018年にモンサント社はドイツのバイエル社に買収された。

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