【解説】旅する蝶オオカバマダラ激減の原因はグリホサートだけではない

北米の旅する蝶オオカバマダラが激減している。これまでその原因は、渡りの移動経路である米中西部のコーンベルトで使用されるグリホサートによる食草トウワタ類の減少にあると指摘されてきた。だが、研究が進んだ近年になって、ラウンドアップ単独影響説は「単純すぎる」と否定されている。
『日経サイエンス』(2020年6月号)では「旅する蝶 オオカバマダラ激減の真相」(サイエンスライターのG.ポプキン著)と題する翻訳記事を掲載し、オオカバマダラの激減にはその他の諸原因が複合的に関係しているとの内容が紹介された。
AGRI FACTでは今回、生理学や毒性学が専門の鈴木勝士日本獣医生命科学大学名誉教授に、同記事をベースにした解説記事の寄稿を依頼した。ラウンドアップだけを悪者にしていては把握できなかったオオカバマダラ激減の複合的な要因と、自然環境保護と両立する持続可能な農業の取り組み方のヒントが見えてきた。

執筆:鈴木勝士 

編集担当:有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター 清水 泰

監修:唐木英明


■北米の旅する蝶オオカバマダラと食草のトウワタ

オオカバマダラはチョウ目、タテハチョウ科、マダラチョウ亜科に分類される比較的大型のチョウで、長距離の渡りをすることで有名である。北米のオオカバマダラは5000kmに及ぶ長距離を移動し、大集団でメキシコなどの森で越冬する。北米では大変にポピュラーな蝶であり、Monarch(皇帝)あるいはTigerの俗称で親しまれている。

日本にも良く似たマダラチョウ亜科のスジグロカバマダラがいる。また、オオカバマダラの食草のトウワタがどんな植物か知らない方もいると思うので、トウワタの花で吸蜜しているスジグロカバマダラの画像(図1)と、トウワタと同属のフウセントウワタの花と実(図2)を示しておく。

図1  トウワタ (キョウチクトウ科)の花で吸蜜するスジグロカバマダラ 2015/09/03多摩動物公園昆虫園にて筆者撮影

トウワタはオオカバマダラの食草で、雌のチョウはこの葉に産卵する。孵化した幼虫が葉を食し、蛹になって羽化する。花の時期には成蝶が吸蜜する。もちろんオオカバマダラはトウワタ以外の、例えばアザミなどの他の花でも吸蜜する。トウワタはかつて北米に広く分布し、大豆、トウモロコシの畑の畝間で特に良く育ち、オオカバマダラも畑に育ったトウワタに好んで産卵したという。
図2 フウセントウワタの花と実 花は2018/09/22、実は2018/10/14都立神代植物公園にて筆者撮影

■オオカバマダラ5000㎞の旅路

『日経サイエンス』の記事「旅する蝶 オオカバマダラ激減の真相」には、渡りと繁殖に関する図と、夏と冬の個体数の年次変化の図が示されている。集団越冬はメキシコ中部、ミチュアカン州の松とオークの森、そしてロッキー山脈西側のカリフォルニア沿岸部の2か所で行われる。激減したと問題になっているのは、前者の渡りをするメキシコの集団である。

この集団はメキシコの森で越冬し、春になると繁殖して産卵から1か月ほどで幼虫、蛹をへて成蝶になり北方に向けて移動する。移動経路には海岸沿いに北東部に向かう経路と、大草原、コーンベルトの中西部を北方に移動する経路、さらに中央部を北方に向かう経路が知られている。

夏の間の北方への異動は五大湖からカナダに及ぶ。この間、途中のトウワタに産卵、変態して新しい世代として、北への渡りを継続する。3世代を経て北方に到達し、おそらく、そこで繁殖した4世代目が、今度は途中で繁殖せず単一世代でメキシコまで約2か月かけて移動し、そこで越冬する。この長距離移動をする世代の寿命は極めて長く8か月に及ぶので「スーパー世代」と呼ばれる。

■ラウンドアップの普及とオオカバマダラ減少の関連が疑われる

なぜオオカバマダラ減少の要因がグリホサートの影響とされたのか。

2000年代初頭、除草剤ラウンドアップ(有効成分名グリホサート)とそれに耐性を示す遺伝子組み換え作物のラウンドアップレディが開発された。2007年までに米国の大豆のほぼ100%とトウモロコシの50%以上がラウンドアップレディになった。グリホサートの使用により、畝間にはえるトウワタは根絶され、農家は多大なメリットを享受した。

しかし同時期に、生態学者オーバーハウザーとアイオワ州立大の生態学者プレザンツはアイオワ州のデータから、中西部全体で1999年から2010年にトウワタが58%減少したと推測した。同じころ生物学者ブラウアーはオオカバマダラの越冬個体数が激減したと報告した。オーバーハウザーは、中西部の大豆・トウモロコシ耕作地帯でトウワタに産み付けられたオオカバマダラの卵を調査して、トウワタが少ないほどメキシコに帰る成虫の数が少ない(10年後には3億匹が1億匹に減少)と結論づけた。

オーバーハウザーとプレザンツは2012年の論文で中西部のトウワタの減少とオオカバマダラの減少との関連性からトウワタの減少がオオカバマダラの死をもたらしていると論じ、オーバーハウザーは「トウワタ制約仮説:milkweed limiting hypothesis」を提唱し、ラウンドアップがトウワタを枯らし、ひいてはオオカバマダラを減らす脅威となっていることを示唆した。2009年から2010年の冬季、オオカバマダラのメキシコの越冬地の森林面積は前年の半分未満である2haを下回った。

当時、ラウンドアップを生産するモンサント社(現在はバイエル社の子会社)は、遺伝子操作や企業による農業支配に対する懸念のシンボルとなっていた。同社の主力商品が、米国の代表的な昆虫を殺しているという説は大ニュースとなり、オーベルハウザーとプレザンツのトウワタ制約仮説は広くメディアにとりあげられた。これらに呼応して多くの自然保護活動家によるオオカバマダラ救済の動きも活発化した。環境保護団体はオオカバマダラを絶滅危惧種のリストに載せ、生息地の保護に力をいれるよう米魚類野生生物局に請願した。

オオカバマダラの激減は、グリホサートとラウンドアップレディ作物の使用による食草のトウワタ激減に起因するというグリホサート単独原因説が研究者や自然保護団体、反農薬、反GM活動家から主張され、それがメディアで拡散された結果、一般の人々の中に一定の説得力をもって浸透していったのである。

■根拠が揺らぐグリホサート単独原因説

だが、グリホサート単独原因説の根拠が揺らぎ始め、他の証拠が加わって様相が複雑化している。

日経サイエンスの記事には、米コーネル大の進化生態学者アグラワルらの報告した中西部と北東部の夏の世代の集団数の1993年から2018年までの経年変化と、同じ期間の越冬した森の面積の変化が図示されている。夏の繁殖期及び繁殖期後の世代では、オオカバマダラは一貫した減少傾向を示すわけではない。年ごとに増減があり、おおむね中西部(トウモロコシや大豆の生産地帯、トウワタの減少が著しい地域を含む)の集団数の方が、北東部より多い傾向があることが示されている。

その一方で、メキシコの越冬集団数は一貫して減少傾向を示している。スーパー世代が越冬する森の縮小に加えて、メキシコに戻る途中で吸蜜する植物が減少している影響を示唆しているとの説明がある。

出典 ”Mechanisms behind the Monarch’s decline” A. A. Agrawal and H. Inamine, Science vol 360, June 2018; 
World Wildlife Fund, Mexico (2018 winter population data); 
Journey Northe Citizen Science Project, University Wisconsin-Madison Arbore Tum (annual cycle)

実は、このグリホサート単独原因説の根拠と矛盾する調査結果は2012年の段階で論文化されている。論文化したジョージア大の生態学者デイビスによると、オオカバマダラの個体数は減少し続けているわけではなく、年によって増減することが判明していたものの、デイビスの論文は最近まで注目されなかった。

その他の証拠には以下のものがある。

(1)メキシコ到達の個体の多く(70%以上)がラウンドアップ散布農地の多くない地域から飛来することが示され、北の地域では問題なく繁殖していることから、メキシコに向かう途中で何か起こっていることが示唆されている。

(2)帰路の吸蜜植物の減少、越冬する森林の劣化、渡り個体群の寄生生物による減少、などが影響している可能性がある。カリフォルニア沿岸地域で越冬する西武の個体群も減少しているため、メキシコでの激減とは異なる原因がある。

グリホサートを悪者にしていれば、オオカバマダラの減少問題が解決するわけではないことは明らかである。

■複合要因の追究と先立つ保護活動

オーバーハウザーとプレザンツの説は個体群動態の説明として単純すぎる。実際、ニューヨーク州において農地は、牧草地、放牧地、その他の生態系に囲まれているのでトウワタは絶滅しない、また北部のオオカバマダラの生息数がこの21年間で減った証拠はないという論文などが次々掲載された。そのほかにも、メキシコの越冬個体がどこで餌を取ったのかについて調べた論文や、森林密度と個体数の相関関係、オオカバマダラに寄生する原虫Ohpryocystis elektroscriira)のレベルについての論文など、グリホサート単独ではない「複合的な要因」の追究が始まっている。

オオカバマダラ激減の原因はグリホサート使用によるトウワタの減少が唯一の原因ではなく、気候変動、寄生虫、森林面積の減少など複数の原因がかかわっている。原因のすべてが解明されているわけではないが、それとは別に保護活動は先んじて行う必要がある。

すでにいくつかの施策が開始されている。

1)メキシコ魚類野生生物局への絶滅危惧種の指定請願がなされており、年内に判断が下される。
2)休耕地は2007年のピーク時で1500万haだったが、現在930万ha未満に減少しており、米農務省は保全休耕プログラム(CRP)により、休耕地を増やす努力をする。
3)メキシコの森の保全;世界遺産となっている森の中心部は公式に保護されているが、周辺部の伐採や違法なアボガド農場の開設を抑制し、地球温暖化による影響も考慮してより高地にモミの木を植林するなどの施策が挙げられている。

さらにはトウワタを増やす運動、オオカバマダラのモニタリングをする活動などが開始されているので、今後この蝶の減少にかかわる原因がより正確に分析されるようになるだろう。

■地球温暖化の影響による環境変化

日経サイエンスの記事に登場する研究者たちは、一概に「グリホサートを禁止せよ」というような主張はしていない。農薬の使用は農家、ひいては作物を摂取する消費者にとって多くのメリットがある。農薬登録には、有効性だけでなく、安全性についても膨大なデータが存在し、専門家が審議して、1日摂取許容量(ADI)、作物残留基準などが決められている。データには環境毒性学に関するものも含まれている。

グリホサートの場合は除草剤なのでオオカバマダラに直接的な殺虫効果はないが、雑草である食草のトウワタを枯死させることによって、オオカバマダラの生育が妨げられるという問題がある。農耕地でのトウワタの減少は、生産との関係では不可避的なものであるから、農耕地以外でのトウワタ類の保護、増殖を図るしかないという形で、自然保護との間に妥協が成立しているように見える。

地球温暖化の影響により、「越冬地の縮小がおこること」、「食草に含まれるカリデノリドという毒物の特性や濃度の変化が、オオカバマダラの寄生虫を増加させ、個体死の増加と個体数の減少を引き起こすこと」など絶滅につながりかねない事態が生じると危惧されている。オオカバマダラの激減はこうした環境の変化に関するひとつの象徴的な出来事であるととらえる必要がある。

■ラウンドアップ問題に歪曲化しない

したがって、この問題はラウンドアップに歪曲化すべきではない。そもそも農耕地と農業用水の確保はまっさらな自然を破壊する最大原因でもあり、昆虫はじめ野生生物減少の要因でもある。農業と自然環境保護を両立させる持続可能な農業への取り組みが国連SDGsを中心に進められている。農業には除草剤も殺虫剤も必須であり、特定の除草剤や殺虫剤を排除しても必ず次が出てくる。それではどうするかを真剣に考えることが重要だと思う。例えば、モナーク蝶とその生息地、そして壮大な秋の渡りの追跡に焦点を当てたボランティアベースの市民科学組織「Monarch Watch」の活動が参考になるのかもしれない。

参考文献
渡りをするオオカバマダラが激減
トウワタ減少でオオカバマダラ絶滅危機
渡りをするチョウが迷わない理由は?
遺伝子が解くオオカバマダラの大移動
チョウの羽、食事制限で小さく色あせる
Further Readingsとして以下の4報の論文が挙げられている。

John M. Pleasants and Karen S. Oberhauser Milkweed loss in agricultural fields because of herbicide use: Effect on the Monarch butterfly population.  Insect Conservation and Diversity vol.6. No.2 p135-144; March 2013

Wayne E., Thogmartin et al., Monarch butterfly population decline in North America: Identifying the threatening processes. Royal Society Open Science, vol. 4., No.9, Article No. 170760, September 2017

Anurag A. Agrawal and Hidetoshi Inamine; Mechanisms behind the Monarch’s decline. Science Vol.360, p.1294-1296, June 22, 2018

Sara P. Saunders et al., Multiscale seasonal factors drive the size of winter Monarch colonies. Proceedings of the National Academy of Science USA, vol. 116, No.17, p8609-8614; April 23, 2019

注1:BILL FREESE and MARTHA CROUCH,  Monarchs in peril Herbicide-resistant crops and decline of Monarch butterflies in North America:Center for Food Safety, 2015, pp90 : https://www.centerforfoodsafety.org/
注2:Monarch watch  https://www.monarchwatch.org/
Monarch Watch is a nonprofit education, conservation, and research program based at the University of Kansas that focuses on the monarch butterfly, its habitat, and its spectacular fall migration. Monarch Watch was founded in 1992 by Dr. Orley "Chip" Taylor and the monarch tagging program was launched in the fall of that year. (Monarch watchはカンサス大学に設けられたオオカバマダラ、その生息地、および驚異的な秋の渡りに注目する、非営利の教育、保全及び研究プログラムである。Monarch watchは1992年にOrley “Chip” Taylorによって設立され、その年の秋に」オオカバマダラ標識プログラムが開始された。)

Mission Statement: Monarch Watch strives to provide the public with information about the biology of monarch butterflies, their spectacular migration, and how to use monarchs to further science education in primary and secondary schools. We engage in research on monarch migration biology and monarch population dynamics to better understand how to conserve the monarch migration. We also promote protection of monarch habitats throughout North America. (ミッションステートメント:Monarch watchはオオカバマダラの生物学、その驚異的な渡りに関する情報と、オオカバマダラを小中学校の科学教育に用いる方法を提供することを目的としている。我々はオオカバマダラの渡りを保護する方法の理解を深めるために、オオカバマダラの渡りの生物学と生息数の動態に関する研究に携わっている。我々は、北米全体のオオカバマダラの保護の促進にも関わっている。)

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