【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】1杯目:農業は科学

■ありがとうの声かけで野菜はおいしくなるのか?

私は農業をテーマにした小さなバーを経営しています。農産物を売る仕事や、作る仕事などを経て、農業をありのままに発信したいという想いで始めた仕事です。このコラムでは、私が仕事を通じて体験したことをお話したいと思います。

カウンターで話していると、「野菜にありがとうと声をかけるとおいしくなるんですか?」とか「思いを込めると野菜が応えてくれるんですか?」とかそういうスピリチュアルなことをよく聞かれます。答えはNOです。そんなスピリチュアルな農家はほとんどいないと思います。

お客さんの期待する返事をするなら、満面の笑みで「そうです!!思いを込めているからです!大地の恵みと波動のおかげです!!」と答えたらお客さんは喜ぶかもしれませんが、嘘を言うわけにはいきません。

農業はスピリチュアルなものでも情緒的なものでもなく、極めて科学的なものです。むしろ、あらゆる科学の集大成と言っていいかもしれません。ここで言う科学とは、化学や生物学や気象学や物理学など、多岐にわたります。たとえば、パプリカの実をつけるのに必要な土壌成分バランス(窒素・リン・カリウムなど)は化学。にんにくが発芽する温度がわかるのは生物学。ビニールハウスや灌水設備の設計は物理学。台風対策は気象学。などといった具合です。

いくら純粋な気持ちで願っても、土壌成分にカリウムが不足していればトマトは実を結びませんし、いくら強い想いを込めても気温25℃以上の環境ではにんにくは発芽しないのです。農業は科学なので、人間の気持ちには答えてくれません。

ですが、この話をすると「え?農業って科学じゃなくて自然なんじゃない?」と驚かれます。そうです、農業は科学であり自然なんです。日光も土も水も植物も自然です。私は、「科学は自然と相反するものではなく、科学こそ自然そのものである」と考えています。宗教や芸術などの情緒的な分野の考え方と対照的に、科学は自然を観察・観測して成り立っているからです。

両者の違いが際立つ例を挙げてみましょう。400年以上前のヨーロッパで教会と科学者が天動説と地動説で争った有名なエピソードがわかりやすいと思います。このとき、教会と科学者は何を参考に自説を主張したでしょうか。教会は人々の信仰心や情緒に耳を傾け、科学者は自然を観測し理論を実証しました。

もちろん、私たちの世界では情緒も科学もどちらもなくてはならないものですし、重要性の大きさを比べることはできません。ただ、科学の分野を情緒で考えたり、逆に情緒の分野を科学で考えたりすると、いずれも良い結果をもたらさないのです。たとえば、いくら美しい言葉で表現しても天動説を証明することはできませんし、反対に聖書や童話の内容に対し科学的に反論してもだれも喜びません。

農業は科学の分野なので、情緒的に語っても良いことはありません。いくら大地に祈りを捧げても気温が足りなければイネは発芽しないのです。

■非科学的な認識が農業を貶める主張と結びつく

こう述べると、「農業に情緒や神秘性を感じることはないの?」と言われるかもしれませんが、そうではありません。どの農家も台風が近づけば被害が出ないことを願いますし、野菜の花の美しさに心を奪われることもあります。ですが、おいしい野菜を作る努力は「タネ一粒一粒に思いを込めること」ではないのです。品種選び、栽培する時期と農法など、その努力は科学的なのです。

もしそれを先ほど述べたような情緒的な理由で説明してしまうと、お客さんに正直でないばかりか、誤った認識を強めてしまうことに繋がりかねません。また、この非科学的な認識は、たびたび農業を貶める主張と結びついてきました。これは主に慣行農業を安心・安全の面で貶める主張によく見られ、農業の発展に全く寄与してきませんでした。それどころか、いくら科学的に安全性を証明しても「でも私は不安に感じる!」という情緒的な理由で、たくさんのプロフェッショナル達の献身が台無しにされてきたのです。しかも、有機農業や自然農業の関係者の中にはそれらの誤ったイメージに安易に便乗するケースもあり、問題を根強いものにしています。

農業を科学的に発信することは長い間一般受けの悪いものとして捉えられてきました。ですが、消費者の望むストーリーをなぞって満足させる時代は長く続くとは思えません。現実と、消費者の望むストーリーが違った場合、消費者に嘘をつくことになるからです。

最近の賢い消費者は、科学的な話でも、専門的な話でも丁寧に説明すれば面白がって聞いてくれます。私はバーのカウンターでそんな光景を数えきれないくらい見てきました。「どうせ専門的な話はわからないだろう」と、消費者を甘く見る時代はもう終わろうとしているのです。そして、農業を科学的にそして面白く発信する人が増えた時、日本の農業は新しい段階に進むと信じています。

◆筆者

農家BAR NaYa/ナヤラジオ 渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)

◆プロフィール

1984年長崎県出身。流通大手に就職し、千葉県船橋市で農産売場を担当する。2011年に地元に戻るも就職先が見つからず実家の畑を耕しながら農業を学ぶ。

あるとき小さな失敗が原因で規格外の野菜を大量に作ってしまい、やむなく軽トラで町まで運び、路上で販売する日々が始まる。これを機に消費者と直接話せることを期待するも、ほとんどの買い物客は農家の声に興味を示さず目論見が外れる。

せめて売上の増加につながればと思い、野菜と一緒にドリンクの販売を始めたところ好評に。ドリンクを飲みながらだと、農業トークも弾むことに気が付く。次第に「普段はどこでお店を開いているの?」と聞かれるようになったので、2018年に試しに「農家BAR NaYa」を開業した。50種類以上の珍しくて豊富な自家製果実酒を提供している。なぜか椎茸酒がいちばんの人気でいちばん不人気が梅酒(おいしいのに)。

カウンターでの農業トークがきっかけで2019年、エフエム諫早で農業バラエティ「ナヤラジオ」放送開始。メインパーソナリティを務める。番組の方針は「農業を飾ることなく、あらゆる方面からお話する」こと。2020年には株式会社ナヤカンパニーを設立。ふるさとに産業を興すべく、弟と共に羊牧場開設を目指す。

趣味は一人旅。中東や東ヨーロッパを中心に三十数か国を旅する。アラビア語と韓国語が少し話せるが滅多に使う機会がない。

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