【コラム】オランダでのラウンドアップを取り巻く状況 レスポンシブル(責任ある)イノベーションから考える社会受容のためのコミュニケーション

『農業経営者』2019年7月号 No.280特集「さらにラウンドアップの風評を正す」から転載

maru communicate 代表
オランダに約4年半滞在し、その間、農業関係の取材や現地の大学で農村社会学を学んだ紀平真理子氏。帰国後はmaru communicateを立ち上げ、国内外の農業に関するリサーチや執筆など、多岐にわたるサービスを展開している。そんな彼女がオランダでのラウンドアップについての現状とレスポンシブルイノベーションの視点から鋭く迫った。


どんな除草剤であっても、使用すると雑草が枯れることは当たり前だ。オランダでは、ラウンドアップ反対派からこの枯れた雑草がある光景は“黄色の圃場”と呼ばれる。まるでラウンドアップを使った場合にのみ、圃場が「黄色に変わる」かのように、関心のある一般市民がその圃場の写真をソーシャルメディアで共有、拡散している。また、市民が誰でも場所や日時も入れて写真を投稿できる環境保護団体が運営するサイトまで存在する。

インパクトのある写真や映像は時に、消費者の意識を良くも悪くも大きく変える場合がある。ラウンドアップに関しては残念ながらフェイク写真も多く出回っている。一区画のみ黄色に変わった圃場を含めたインパクトがある写真や短い映像を、ラウンドアップがまるで特別であるかのようにソーシャルメディアに投稿することは、農業のことをあまり知らない消費者の目を向けるには有効かもしれない。反GM団体は、デザイナーやアーティスト、デザイン学校に通う学生ボランティアと共にキャンペーンを行なう。緑の党が“黄色の圃場”に「あなたが食べているものは何か知っている?」というキャッチコピーのプレートを置き、この写真がソーシャルメディアでシェアされ、消費者の意識を向けさせるキャンペーンを展開している。使用時期になると、グリホサートに関する議論は活発化する。

欧州食品安全機関 (European Food Safety Authority/EFSA)はグリホサートの再評価を実施し、グリホサートに発がん性は認められず、ヒトに対しても発がん性は示さないと判断した(前号参照)。欧州委員会は2017年12月にグリホサートの承認を、5年間延長することを決定した。この延長もまた、ヨーロッパでグリホサートに関する議論が再燃したきっかけの一つである。この議論は次の承認の時期まで続くと言われている。


■オランダでのグリホサートの再評価プロセス

オランダでは、植物保護製品や殺生物剤の承認委員会(Het College
voordetoelatingvan gewasbeschermingsmiddelenenbiociden/Ctgb)という独立組織があり、ヨーロッパやオランダ国内の法規制や政策規則の範囲内で運営されている。ここで、ヒトや動物、環境に対する安全性や、正しく使用された場合の有効性を国際協定の基準に従って評価している。グリホサートは、植物を防除するための植物保護製品に使用される活性物質のため、当然この組織によって評価されている。

承認のプロセスとしては、承認期限が切れる3年前までに更新の申請を行ない、EU加盟国を北部、中部、南部の3つに分け、それぞれのゾーンから1国がゾーン報告加盟国(the Zonal Rapporteur Member/RMS)の報告者として再評価を実施し、評価報告書をEFSAに提出する。ゾーン内の他の加盟国は、評価についてコメントし、利害関係者からのコメントも公表される。これらの評価やコメント、さらにすべての研究データに基づき、EFSAはグリホサートが欧州植物保護規則の承認基準を満たしているか結論を出し、欧州委員会が植物や動物、食料、飼料に関する常任委員会(Standing Committeeon Plants, Animals, Food and Feed/SCoPAFF)で承認の可否を決定する。この承認をもとに最終製品は各国で承認される。

これらのプロセスを経て、2017年末にEUがグリホサートを承認した後、オランダでも承認された。また、次回の申請のために、各国レベルでのグリホサートの再評価が始まった。通常は、各国が審査のための申請書類を作成し、RMSの報告者として再評価を実施する。しかし、グリホサートに関しては広範で莫大な申請書類の準備が必要となることが考慮され、科学的な研究に関しては、各国の機関(オランダでは先述のCtgb)で実施されるが、EU加盟国がグループで再評価を実施できるようになった。これは、今年4月にSCoPAFFで採択され、オランダを含めたフランス、ハンガリー、スウェーデンの4カ国がRMSグループを結成し、「グリホサート評価グループ(Assessment Groupon Glyphosate/AGG)」の名称で運営している。

次回は、今年12月に更新の申請がなされ、2021年6月までにAGGは、共同評価報告書をEFSAに提出する予定である。その後、現在の更新の期限が切れる2022年12月までに、欧州委員会がSCoPAFFで承認の可否を決定する。


■グリホサートの承認が5年間延長されたことによるオランダでの動き

オランダ農業園芸連盟(Landen Tuinbouw Organisatie Nederland/LTO)は、現段階ではグリホサートなしでは農業経営は不可能で、代替品がより環境にやさしいものだとも限らないと述べている。また、使用を禁止することで、他の薬剤の使用が増えることも懸念している。

オランダ北東部オドールンで畑作経営を行なっているJan Reinierde Jong氏は、てん菜の播種前と、必要に応じて馬鈴薯の植え付け前、また植え付け後であっても発芽前にラウンドアップを使用している。

「耕深が浅く、プラウ耕をしないため、雑草が多く生えてきます。とくに近年は温暖化で冬の気温が上がり、雑草が大きく、種類もさまざまです」

周りの農家やコミュニティにはラウンドアップを嫌う人も多いが、彼らの意見はフェイクニュースによる完全に感情的なもので、根拠がまったくないと指摘する。同氏は、ラウンドアップは安全なものだと考えているものの、長期的な視点で見ると、反対派の主張が通るのではないかと懸念している。

「ラウンドアップを失ったら、いまよりコストがかかります。なんらかの雑草対策は必要で、違う除草剤を使わなければいけないでしょう。価格も高くなり、環境にもいまより悪くなることしか考えられません」

しかし一方で、オランダ政府やLTOは、2030年までに「植物保護製品ゼロで農業をする」というビジョンを掲げている。ただし、この実現には、技術を向上させ、代替案や解決策を見つけることが不可欠だとしている。解決策として、バイオスティミュラント(植物活性剤)も提案されるが、やはり抵抗力のある品種を早く育成する必要があると考えられている。そこで、名前が挙がるのが、ゲノム編集(Crispr-Cas)のような現代の遺伝子処理技術である。しかし、ヨーロッパでは2018年に、ゲノム編集をGMOとして評価することを決定した。つまり、ゲノム編集を使用した作物は、GM作物と同様に栽培または取引を行なう前に膨大な時間と費用のかかる承認手順が必要である。一方で、アメリカなど国によっては、育種家がゲノム編集を用いた新しい品種を早く開発して販売することができる。そのため、オランダ馬鈴薯育種最大手のHZPCや、ドイツ植物育種会社KWSは、遺伝子研究の一部をEU外に移管している。この移管は、国際的な競争力のためではあるが、ヨーロッパではゲノム編集の栽培や取引が禁止されているわけではないので、今後はヨーロッパでも使用される可能性はあると言われている。

ここには日本がGM作物に抱えているような矛盾と複雑性がある。ラウンドアップを含めた植物保護製品ゼロを目指すため、ヨーロッパではゲノム編集で改良された品種を試みる可能性がある。しかし、この技術はヨーロッパでは承認プロセスが膨大で、また研究資金を集めることが困難なため、他国で研究開発をし、製造しなければならない。この製品を輸入し、ヨーロッパで栽培することになるのだろうか? 2030年までに残された時間は長くはないが、オランダがどこに着地点を見つけるのか注目したい。


■レスポンシブル(責任ある)イノベーション

では、オランダやヨーロッパでなぜGM植物や遺伝子処理技術に抵抗感が示されているのか? 農村におけるイノベーション学の視点では、「消費者の想像の範囲を超える未知の技術(=イノベーション)」はイノベーターを含めた供給側の優れたマーケティングだけでは、社会の受容は達成できないとされている。

2016年に筆者も参加したWageningen大学就任記念講演で、Philip Macnaghten氏は、現在のGM作物の規制とガバナンスのアプローチは、ヒトと環境への影響に対するリスクベースの評価法であることを言及した。GM作物をめぐる一般市民(消費者)に対する議論は常に安全のために行なわれてきたが、「現在起こっているGM作物をめぐる論争の原因は、実は社会的、文化的、制度的なものが多く、技術的リスクの問題を超えている」と指摘した。また、GM作物を科学的だけではなく、社会的に揺るがない方法で管理するためには、関係者を巻き込んで検討し、議論の条件の範囲内で問題に取り組む必要があるとしている。

同氏を含めた研究者たちにより、斬新で変革の可能性がある技術の研究開発のために「レスポンシブル(責任ある)イノベーション」のフレームが開発され、2000年代前半ごろから活用されている。これは研究開発だけではなく、政策の開発や他のレベルでも、また農業技術でも適用できる可能性がある。

レスポンシブルイノベーションとは、社会に進歩した科学技術を適切に組み込むために、(1)倫理的な許容性、(2)持続可能性、(3)イノベーションプロセスの社会的望ましさ、(4)市場性のある製品の視点で、透明性が高く、市民とイノベーターが相互に責任を持って作用するプロセスのことを指す。

レスポンシブルイノベーションのフレームには、4つの側面;(1)Anticipation(予見、予知)、(2)Reflexivity (自己反省)、(3)Inclusion(包含)、(4)Responsiveness(応答)から構成されており、それぞれ技法やアプローチ例、影響に関与する要因について示されている(表1)。

表1:レスポンシブルイノベーションの4つの側面
Source: Stilgoe, J., Owen, R., and Macnaghten, P., 2013. Developing framework for responsible innovation. 

(1)Anticipation(予見、予知)
研究者やイノベーターが「もしそうなら……」と予測しておくことで、回復力を目的とした体系的な思考力を得ること。ガバナンスの改善要求は、技術的懸念だけではなく、環境的懸念や学術的懸念などさまざまな原因で起こる。

(2)Reflexivity (自己反省)
科学とイノベーションの中で、倫理的な部分の分業について一般的な概念を再考すること。

(3)Inclusion(包含)
研究やイノベーションの問題、ジレンマについて幅広い視点を取り入れ、透明性が高く、オープンであること。

(4)Responsiveness(応答)
新しい視点、見解、規範のような新しい知識に対応するプロセスであること。

GM作物やグリホサートにまつわる議論は、製品自体のリスクや問題が議論の中心になっているようで、そこに問題がないことが証明されると、いつの間にか承認プロセスや研究開発・普及の透明性、反GM団体を含む一般市民への対応の議論にすり替えられているのではないだろうか? 実際にヨーロッパでは、グリホサートの承認プロセスや再評価のプロセスに関しても、機密情報もあるため、どこまでオープンにするかという点については課題があるが、オープンで透明性があることが常々求められている。また、開発や普及の比較的早期の段階で、農学や科学分野だけではなく、社会学や倫理学など別分野の専門家を巻き込んでコンセンサスを取りながら、開発や普及を進めていくことが社会に受容されるポイントとなる。

ただ残念なことに、現段階ではこのフレームが、GM作物やラウンドアップなどすでに成熟し、さまざまな議論がなされている技術に対し、ガバナンスを整え、社会に受容されるようなプロセスに設計し直すことができる可能性についてはまだ検討されていない。

しかし、学ぶ点はある。消費者や関係者に疑念を持たれたイノベーション・技術について、供給側は製品や技術に対する安全性の説明だけではなく、他分野の専門家や一般市民を巻き込んで「適正で透明な研究開発や承認プロセスを経たこと」や「現在や未来への展望との適合性」も合わせて説明することが、消費者や関係者の気持ちを前向きな方向に変えるきっかけとなるかもしれない。
 
【参考】
■ Stilgoe, J., Owen, R., and Macnaghten, P., 2013. Developing framework for responsible innovation.
■ Macnaghten, P., 2016. The merits of responsible innovation.

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