【対談】風評被害にどう対応するか

『農業経営者』2019年7月号 No.280特集「さらにラウンドアップの風評を正す」から転載

公益財団法人食の安全・安心財団理事長 東京大学名誉教授
株式会社農業技術通信社代表取締役兼『農業経営者』編集長


■現代社会で風評被害が起こる4つの背景

昆吉則(農業経営者編集長) いま、ネット上には除草剤ラウンドアップ(成分名:グリホサート)が危険だとする風評が飛び交っています。どんなに科学的な根拠を示しても、その風評がやむことはありません。唐木さんはBSE(牛海綿状脳症)やラウンドアップに関する風評被害問題にも取り組んでこられました。なぜこうした風評被害は後を絶たないのでしょうか。

唐木英明(食の安全・安心財団理事長) 風評被害はあらゆるところで起こっており、現代社会全体の問題です。風評被害の発生には二段階あり、第一段階が原因となる事件や事故の発生、そしてその対処・対策が受け入れられないときには、非科学的な風評が報道によって世の中に拡散してしまう第二段階に至り、風評被害が発生します。逆にいうと、対策について利害関係者の理解を得ておけば、風評被害の発生を抑えることができます。ただ、ラウンドアップだけは特異な事例で、原因となる第一段階の事件・事故がありません。原因がないのに反GM運動の一環で巻き添えを食わされているというのは、前号の記事で書いた通りです。

 風評被害の事例が増えていると思うのですが、その理由をどうお考えですか。

唐木 食品関係の風評被害の事例(表1)を見てください。これだけ風評被害が増えている背景には、現代社会の3つの大きな問題があります。ウルリヒ・ベックの著書『危険社会―新しい近代への道』で分析されていることですが、第一に風評を引き起こすのは放射能や化学物質といった五感では判別できないリスクで、その存在は専門家の調査分析を経て初めてわかります。戦争による破壊や飢餓といった以前の五感で判別できるリスクとは質が違うのです。専門家でないと判別できない現代社会の「見えないリスク」には、「専門家の判断が本当に信用できるのか」という問題が付随してきます。仮に専門家が安全・安心だと言っても、一般大衆がそれを自分で確認することは困難なので、不安が完全に消えるものではありません。そうした漠然とした不安が社会のあちこちに広がっています。

表1:食品関係の風評被害の事例
網掛けは政府主導で終了あるいは終了の方向、その他は政府の関与がなく継続中。1)学界の常識とは異なる少数の論文 2)メディア関係者も誤解 3)ジャガイモの芽止めのみ許可 4)未承認GMトウモロコシが食用に流出 5)恣意的に作り出された風評 6)米国産牛肉との対比で国産牛肉の風評が解消 7)「全頭検査が安全を守る」という誤解 8)国内のアクリフーズ農薬混入事件(2013 年)では風評なし 9)売上減少の被害は東京電力が補償

2つ目は、現代社会における情報伝達の変化です。新聞やテレビが報道の主体であった時代では、組織内で取捨選択されたほぼ確実な情報だけが世の中に伝達されていました。しかし、ここ10年20年はネット、SNS全盛で誰もが情報発信できる社会になりました。当然、組織内のチェック機能は働かず、社会の不安をあおるようなジャンク情報が取捨選択されずに世の中にあふれ出るようになりました。そうした状況で、情報の真偽を判断できない大多数の人たちは、先入観に従って偏った情報にアクセスしがちです。その結果、最初の間違った先入観がますます強化されることになります。もちろん、週刊誌など既存のメディアも社会の不安をあおる情報を発信してきましたし、いまもしていますが、ネットやSNSの比ではありません。多くの人が持つ漠然とした不安をネットメディアがあおる構造ができあがっているのです。

背景の3つ目が政治の不関与です。食品関係の風評被害の事例を見ると、国産と米国産牛肉のBSE風評被害、福島産農産物の放射能汚染風評被害は、ほぼ解消か解消の方向に向かっています。いずれも政治や政府が強い力を発揮して風評の解消に関与した事例です。一方で、解消していない事例は政治の関与がほとんどないケースといえるでしょう。風評は忘却によって解消されることもありますが、大きな事件・事故が起きた場合、忘却による解消は困難です。そして残念ながら、日本ではますます風評に対する政治の強力な関与が望めない状況になっています。小選挙区制が導入されて以来、政治家は中長期的な国民益を説くより、ポピュリズムに走らないと当選できない傾向が強まっているからです。科学的な根拠は無視してでも「添加物いらない」「GMいらない」「農薬は怖い」などと言わないと多数の支持が得られないと思い込んでいます。そして、それが実際に起こりうることは、国民自身の問題ともいえます。民主主義は、国民の多数が健全な判断力を持つ場合にしか成立しないのです。

国民に漠然とした不安が広がり、ネットやSNSがその不安を増幅し、政治はポピュリズムに走って対処しない。ですから、風評被害はこれからも必ず起きると思います。

「ラウンドアップをまいた草を食べて腫瘍ができた鹿」という触れ込みでSNSで拡散されたデマ写真。こうした偽情報が人々に不要な恐怖心を植え付けていく。

昆 ラウンドアップは原因となる事件・事故がない特異な事例だと指摘されました。ではなぜ風評被害が広まっているのでしょう。

唐木 じつは現代社会の4つ目の問題、背景があるのです。きっかけとなる原因がなくても、反GM団体や反捕鯨団体のようなアクティブな団体がSNSを使って大騒ぎすると、そこを起点に風評被害を起こすことができるのです。それとラウンドアップ問題につながる反GM運動に対しては自民党政権がリスクコミュニケーションを進めていたのですが、2009年の政権交代後、民主党政権の農水大臣は反GM派だったので、GM推進政策はストップさせられました。


■科学的な正しさと政治的判断は別

昆 ラウンドアップ問題は、日本だけではなく、世界にも拡散しつつあります。米国カリフォルニア州での判決(詳細は24~29ページの浅川芳裕氏の記事を参照)、フランスでのラウンドアップとその関連商品の販売禁止措置はいずれもラウンドアップの危険性を証明したものではありませんが、こうした判決や法的規制が全米そしてEU全体、やがては日本に波及することを強く危惧しています。唐木さんは海外のこうした動きをどう見ていますか。

唐木 私は若いころ、テキサス大学で働いたことがあり、当時からの友人にカリフォルニアの件を聞いたことがあります。アメリカ中西部に住む彼からすると、カリフォルニアと東部海岸沿いに住んでいるのは「一般的なアメリカ人ではない」と。差別的な意味ではなく考え方が違うそうです。

 米国アイダホ州で30年間農業に取り組み、ラウンドアップを使用し続けている農業経営者(詳細は33ページの村井誠一氏の記事を参照)によると、カリフォルニアの判決はほとんど報道されていないそうで、いまのところ、中西部の農業地帯への影響はないようです。

唐木 私の感覚ではカリフォルニア州の考え方、政治的手法はEUに似ています。どういうことかというと、EUの政治の主流は国際関係や科学より、多数の国民(市民)感情を大事にするポピュリズムに変化しています。多くの国民が不安に感じているものなら、非科学的な根拠であっても販売を禁止したり使用を控えさせるような措置を取る。そうすることで政権の安定を図るという手法です。政治家としてはあり得る態度で、科学を守るのが政治の目的ではないですからね。

 EUの場合、米欧の貿易問題も背景にありますよね。ラウンドアップを禁止の方向に持っていくことで、米国からの農産物輸入の機会を減らせます。

唐木 おっしゃる通り、EUの政治にとっては二重のメリットがありますね。

 日本の政治手法もポピュリズムに寄っているようなので、ますますラウンドアップ問題が日本に波及しないかと憂慮せざるを得ない状況です。日本の政治はどう動くと思いますか。

唐木 日本の政治が独自にプラスの方向に動くことは期待できないと思います。

 とはいえ、農薬の基準はほぼ世界共通で、一般常識があればラウンドアップの安全性は自明の理だと思うのですが。

唐木 そこは先ほど指摘した専門家が信じられるのかという問題とつながってきます。専門家が科学的な根拠を示して基準値以下の使用は問題ないと主張しても、国民感情として信じられるかどうか。いまは正しいとされているが、子どもや孫の代ではわからないなどと言われます。情報伝達や先入観の問題もあり、専門家を信じきれていない方が多いようです。

 世界の農業経営者にとって、“雑草”は深刻な問題で、ヨーロッパではプラウの使用が増えていると昨年のイタリアの展示会で聞きました。今後、ラウンドアップの使用が規制されたとして、新種の除草剤開発には時間とコストがかかります。EUの農業関係者や専門家もラウンドアップ問題はおかしいと一様に首をひねっていました。

唐木 ラウンドアップ問題でEUや日本の政治が動くとしたら、農産物に実害が出て、食料生産に影響が出たときでしょう。

 そもそもGMO(遺伝子組換え作物)の育種は、米国中西部の自然の脅威に対する対策として誕生しました。

唐木 あの中西部の厳しい環境と比べればEUや日本農業の自然環境は恵まれています。その恵みのせいで、漠然とした不安が残る新しい技術を使わなくても、古い技術のままやっていけるという甘えが生産者にも消費者にもあります。

 私が解せないのは、医療の世界ではGMの新薬に関して何も言わず、むしろ歓迎していることです。

唐木 危険性があるかもと指摘されるものでも、自分に直接的なメリットがあるとリスクを忘れる。クルマの運転、酒・たばこも同じことでしょう。その意味で、日本のGMO失敗の要因は、一つがスターリンクトウモロコシ事件、もう一つは消費者のメリットを打ち出せなかったことにあると思います。

 消費者メリットに直結するGMOとして期待された花粉症緩和米のイベントに出席した際、一向に生産現場に降りてこないと試験研究機関に文句をつけたことがあります。

唐木 いや、花粉症緩和米が実用化しない最大の要因は、厚労省と農水省の縄張り争いです。花粉症の症状緩和と治療効果もある緩和米は、薬機法上の医薬品だという厚労省の主張が通り、農水省は手出しできなくなってしまったんです。それこそ政治がGM推進策の目玉として特例扱いとする政治決断をすべき案件でした。花粉症緩和米がスーパーで買えるようになっていたら、消費者もGMOをすんなり受け入れていたと思います。その好機を逃し、いまの政府の関心は消費者の否定感情が強いGMではなく、ゲノム編集に移っているようです。


■風評被害にどう対応するか

 反GM活動や反捕鯨団体がこれだけ活発に行動できるのは大口のスポンサーがいるからだと思うのですが。

唐木 彼らはどこからか資金を得なければ運動を続けることができませんし、実際に大口のスポンサーはいます。さらに資金を得るために、問題にどう火をつけるかを彼らは日夜考えています。我々はゲノム編集に火がつかないようにすること、ラウンドアップのように火がついた問題にどう対応すべきかという二つの問題に直面しています。

 活動家の妨害にどう対応していくべきでしょうか。説得しても聞き入れてもらえないでしょうし、下手に説得しようとすると実力行使に出られる危険性もあります。

唐木 日本も適切な反撃をすることを真剣に考えないといけない時期に来ていると思います。これまでは毎週、「危ない食品」とか「危ない食品添加物」とかの特集を週刊誌などに出されても、名指しされた外食産業や冷凍食品会社は何もしてきませんでした。我々のところに相談には来ても、結局は行動に出ることはなく、黙っていれば嵐は過ぎ去ると沈黙を貫いてきたわけです。1社で反撃してネットやSNSで炎上し、不買運動でも起こされたら困るという事情もありました。しかし、黙っているだけでは嵐は過ぎ去らないことに気づくべきです。

1社で無理なら、業界団体や食品業界を横断する団体を新たに作って反撃する。たとえば、雑誌向けにジャンク情報やフェイクニュースを流す特定の評論家相手に内容証明を送ったり、賠償請求訴訟を起こすんです。訴訟や勝訴の前例という抑止力を持てば、ジャンク情報やフェイクニュースの度合いもトーンダウンしていくでしょう。アメリカの専門家に日本の事情を話したら、「巨額の賠償を請求されるから、アメリカのメディアはやらない。日本ではいくらの損害賠償を請求したのか?」と金額を聞かれたくらいです。

もう一つは、科学的な情報を広めることに理解がある政治家を育て、国政と地方政治を少しでも変えていくことが重要だと思います。

 ジャンク情報やフェイクニュースに対応するのに加え、メディアが正確な情報を伝えるという本来の役割を果たさないといけませんね。前号で特集して痛感したのですが、あれだけラウンドアップを販売しているJA系のメディアをはじめ、他の農業メディアはこの問題をまったく取り上げていません。これは農業メディアの怠慢であり、責任問題です。

ラウンドアップや同系統の農薬がどれだけ生産現場で使用されているか。今後使用が規制されたら、農業経営者がどれだけ損失を被るのか。農業メディアはその現実を知っているにもかかわらず、黙して語らずです。無農薬・無添加の過剰な持ち上げ方も、生産者の足を引っ張っていると思います。

唐木 大手をはじめ小売業は消費者が買ってくれるものを売るから、無農薬・無添加の流行りに乗り、農薬=悪のイメージを増幅させてしまっています。この悪循環を断つには、急がば回れですけど、まず科学教育とリテラシー教育の徹底、次にフェイクニュースを訴訟で叩いて排除していく、それと膨大な人手とコストがかかりますが、メディアのファクトチェックシステムの構築が必要でしょう。

 前号を発行してみて本誌としてももっと取り上げるべき問題だと思いましたし、本誌で特集するだけではなく、一般受けするGMや科学リテラシーの専門家に話してもらうイベントが生産者や消費者を集めてできないかと考えたりしています。

唐木 ラウンドアップ問題に関しては、リスクコミュニケーションの基本であるどこを抑えたら物事が動くという簡単な図式には当てはまりません。最終的には消費者が買ってくれるかどうかで物事が動きますので、我々の現時点での答えとしては、メディアとの意見交換会を行なうことです。定期的に意見交換をして正しい情報を提供していれば、少なくとも農薬は怖い、添加物は怖いといった変な記事は出にくくなります。ただ、それでも日常的に付き合いのある科学部や家庭部の記者たちはわかってくれていても、付き合いのない社会部の記者は違います。農薬や添加物のリスク報道に流されてしまう。社会部対応が喫緊の課題ですし、ラウンドアップの風評被害を最小限にすることが先決です。

 いまは農家が「ラウンドアップを使っています」と表立って言えない状況で、とても正常とは思えません。


■科学・リスク教育の基本を押さえる

 前号の特集に関しては、農業経営者や関係者の方から「よくぞ言ってくれた」という好意的な反応がありました。一方で、反対派からの意見もありました。ラウンドアップ反対派の主張は、自然が安全、ラウンドアップは人体に残留しないはずが、髪の毛に残留しているという論文が出た、農作物が発芽障害を起こした、というものでした。フランスの高級紙『ルモンド』が危険性を指摘する記事を載せたという情報もフェイスブックを通じて寄せられました。

唐木 ほぼフェイクニュースばかりですね。そもそもラウンドアップの発がん性を指摘したフランスの大学教授が書いたセラリーニ論文ですら、科学的には否定されています。

 論文で髪の毛にラウンドアップが残留した、とされる件についてはいかがですか。

唐木 その件は科学者による確認もされていませんし、だから論文として発表もされていませんので真偽は不明ですが、計量法が発達した現在ではごく微量の残留物でも検出できます。反GM派はそれをもって、ラウンドアップの人体には残留しないという根拠が崩れたと主張するわけですが、ちょっと待ってくださいと。それは科学ではありません。本当に微量の残留物を検出したとしても、その量は人体や環境に影響するものなのか。影響するならどのように影響するのか。あるいは影響するどころか自然と消えていくくらいの微量なのではないか、と突き詰めていく科学的根拠に基づく検証が必要です。

じつは“量”とその影響を議論せず、“あるかないか”を声高に主張するのも、非科学的な活動団体がよく使う、いつもの手なんです。たとえば、動物実験で火をつけたい物質を大量投与し、発がん性などの影響が出ることが立証されたなどという。化学物質を大量投与すればなんらかの影響が出ても不思議ではありませんし、その投与量は人体に換算すれば即死するほどの量だったりします。あり得ない前提で動物実験し、証拠が“出た”と主張するための疑似科学的実験です。大量なら危険だが、微量(基準値以下)なら影響はない。量と作用の関係という科学教育・リスク教育の基本から逸脱しています。

 そういう科学教育は進んでいるのでしょうか。

唐木 福島原発の風評被害を受け、政府も力を入れるようになりました。十分かといわれればそうではないかもしれませんが。

 ぜひ進めてほしいですね。そうしないと今後、EUでは、米国では、という話になったときに日本は対抗できません。前号の記事に引き続き、貴重な話をどうもありがとうございました。
 (構成/清水泰)

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