【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】第7回 オーガニックカフェから視た3.11(後編)ノンベクレルを求めて

前編では、2011年3月11日以降にオーガニックカフェで起きたこと、間宮さんと周囲の方々の放射性物質に対する心情の変化が綴られています。前編はこちらから

※21年3月22日修正

発災直後の強い恐怖はいつしか、わずかな放射性物質への神経症的な不安へと移行していった。

■それぞれが残留の独自基準を定める

誤解のないようにいうと、当時、僕を含むカフェのスタッフが自らのわずかな内部被曝をも恐れていたわけではない。あくまでも心配の対象は、カフェの主要な客層である乳幼児を連れた母親や妊婦、若い女性らだった。小さな子供への影響がわからない以上、限りなく安全なものを提供したいというのが、偽らざる思いだった。

店の営業が普段のペースを取り戻すと、程なくして食材の仕入れを見直す検討が始まった。既存の仕入れ先が、放射性物質の残留に関して国の暫定基準値をそのまま採用している場合は、取引を縮小し、代替品を探した。

多摩地域のある生産出荷グループは、当時主要な野菜仕入れ先のひとつだった。数年にわたり地道に関係を育んできたが、出荷にあたり独自の放射能検査は実施しないという先方の方針を受け、あっけなく取引を打ち切ることになった。

「単に有機農産物を扱うのではなく、地産地消でより顔の見える野菜を」という店の理念は大きく後退を強いられ、馴染みの取引先を切ったという苦々しさだけが残った。

代わりに全面的に採用することになったのは、老舗の有機食品宅配会社だった。放射性物質に対して、当時の同業他社と比べて最も厳しい独自基準を採用していたことが決め手となった。それ以外の食材に関しては、生産者側で土壌等の測定を行うか、店側で食材を直接測定するなどして、2011年内には概ね対策を済ませた。

原則として不検出(検出限界値以下)の食材のみを使用し、わずかでも放射性物質が検出されたものは仕入れを諦めたことにより、レンコンやきのこが使えないということも多々あった。2012年の早い時期には、店のウェブサイト上で食材中の放射性物質の残留基準についてのポリシーを掲載した。

■「安全な西の野菜」「ノンベクレル飲食店」積もる小さな違和感

一連の対応の背景には、前編に記した肥田氏や野呂氏らが展開していた「低線量内部被曝にしきい値なし」論の強い影響があったのは間違いない。それらは日々語り手と語り口を少しずつ変えながら、原発事故由来のわずかな放射性物質も体内に取り込んではいけないというメッセージとして、合唱のように周囲で響き続けていた。

小さな子供のいるスタッフは私生活でも、自然食品店が当時発売した「西からの野菜セット」を購入して子供への内部被曝を少しでも避けようと努力した。「安全な西の野菜」というキャッチフレーズは妙に胸をざわつかせたが、その理由までは当時はわからなかった。

また、「ノンベクレル飲食店」のネットワークに加盟しませんか、という誘いを受けたこともあった。ひどくひっかかりを覚え、返答に困っているうちに有耶無耶に流れてしまったように記憶している。

対外的には、僕らの店は周囲からの期待に応えていた。放射性物質に対し厳しい独自基準を設けて、一方では脱原発・脱被曝のトークや映画会が開かれる情報発信基地としての役割を果たし続けた。それを称賛され誇らしく思っていた時期もある。だが、小さな違和感は積もっていった。

■「食べちゃったんですけど」、悔しさがこみ上げたクレーム

震災から2年以上も経ったある日、小さな事件が起きた。平日のランチタイムだった。ベビーカーで子供を連れた夫婦から、食事のことでクレームがあったという。ホールスタッフから引き継ぎを受けて、対応を代わった。

「どうなさいましたか」と声をかける。男性の方は黙って両肘をテーブルについて、顔の前で手を組み、表情が見えない。子供は静かで、眠っていたかもしれない。

女性がテーブル上のお品書きを指さす。「本日の野菜プレート」提供時に添えているものだ。それぞれの料理名と使用した野菜の生産者・産地を記してある。

「これ、茨城県産って書いてあるんですけど」

低い鋭い声で、既に怒気が含まれていた。目が充血して、憤りを隠す気のないことが伝わってくる。直感的に、放射能のことを言っているのだとわかった。原発事故以来、茨城産の野菜を忌避する人がいることは知っていた。僕が答える前に、女性は素早く言葉を継いだ。

「食べちゃったんですけど、どうしてくれるんですか!?」

何かが弾けた。カッと頭に血が昇る。その茨城の農家は震災後、いわれのない中傷に苦しみ、出店したマルシェでは罵声を浴び、野菜を投げ捨てられ、それでも自費で土壌や落ち葉の放射能を測定し、自ら安全性を証明する努力を続けてきた。だから店でも胸を張って使用してきたのだ。

それを言うに事欠いて「食べちゃった」? 
何も知らないくせに、まるで汚いもののように。

怒りに視界が狭まる。悔しさがこみ上げて、ごろりと喉をふさぐ。涙をこらえて、そこからは必死に、店の方針や食材の安全性を説明して理解を求めたが、力及ばず、平行線に終わった。

とにかく、食べる前に茨城産とわかっていれば食べなかったというのが女性の言い分だった。男性はずっと顔を伏せたまま一言も発さなかったので、このやりとりをどう思っていたのか最後までわからなかった。僕はホールスタッフに簡潔に経緯と対応を共有した上で、こう伝えた。

「謝らなくていい。僕たちは何も間違ったことはしていない」

■「あの人がそう言っていたから」ではなく、どこまで自分で学んだか

原発事故の責任は政府と東電にあり、茨城の生産者はもちろん、この女性もまた被害者としての側面を持つことは疑いない。だが、原発事故の責任を厳しく追及することと、放射能の被害を現実的に評価することは、本来なんら矛盾なく両立する。政府や東電が許せないからといって、放射能の被害が悲惨なものでなければならない、ということはない。

ある疑問が頭をもたげた。今回のようなクレームを引き起こしたのは、むしろ店側のあり方ではなかったか。反原発感情と科学的事実を切り分けることができずに過剰なゼロリスクを求め続け、客の不安に寄り添っているつもりで、実際には根拠のない不安を再生産する側に回っていたのではないか。彼女に「期待」を抱かせたのは、こちらだ。

「安全な西の野菜」「ノンベクレル」「べクレてる」といった物言いに違和感があるのは、食材を一方的に汚染されているもの/いないものに仕分け、少しでも汚染されたものは汚物として排除されても仕方ないとでもいうような、根源的な差別感情の萌芽をそこに感じ取るからだ。

憎き政府・東電のばら撒いた汚物はたとえほんの少量であっても、受け入れ難い邪悪な物質であると見做す感情と、「低線量内部被曝にしきい値なし」論は、とても相性が良い。

だが、僕らは食の安心・安全を通じて、より公正な世界を望んでいたのではなかったのか。
それは少なくとも、汚染の有無で生産者をジャッジするような世界ではない。

そもそも僕らは低線量内部被曝のリスクについて、どこまで自分で学び考えることができていたのか?「あの人がそう言っていたから」ではなく。

その後、僕は休日に様々な資料をあたり、「低線量内部被曝にしきい値なし」がいかに反原発感情に基づく恣意的な論理だったかを徐々に理解した。このことは、周囲の環境活動家からも少しずつ気持ちが離れていく契機になった。


※なお、本文中では触れることができなかったが、原発事故由来の被曝による健康影響の可能性については、震災から10年間にわたる膨大な調査を踏まえた総括的な報告が相次いで発表されている。




●参考書籍/ウェブサイト














◆筆者

間宮俊賢

◆プロフィール

1977年生・神奈川県出身。2001年頃より地域通貨のマーケットやイベントを企画。2002年、エクアドルを訪れた際に森林と共生する農法や現地の地域通貨に触れ影響を受け、2006年より東京・国分寺「カフェスロー」店長、マネージャーを務める。在職中にはカフェの運営に加え、在来作物がテーマのイベント「たねと食のおいしい祭」をはじめ多数の企画やブッキングを担当。国分寺の地域通貨「ぶんじ」立ち上げに参画。2017年カフェスローを退職し、その後は「次代の農と食をつくる会」「有機農業の日」「たびくるマルシェ」「雲仙たねのちいさな野菜市」等の運営や、各種企画に従事。制作を担当するメルマガ「OVJ headline」では毎月100本以上のオーガニック関連ニュースをキュレーションして発信中。

※記事内容は個人の見解であり、上記の各団体や企業とは一切無関係です。

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