【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】3杯目:トンデモ農業論の裏を見た

私が参加していた「タネをつなごう(仮)」なる地域のグループでは、種苗法だけでなく主要農作物種子法(以下「種子法」)の廃止についても大きな話題として取り上げられていました。種子法は1952年に制定され、2018年に廃止された法律。グループの中心人物である山田正彦元農林水産大臣とメンバーたちは「種子法が廃止されたせいで日本の農家は壊滅的打撃を受け、日本がグローバル企業に支配され、食の安全が脅かされる!」という主張を繰り返していました。

私は農業に携わる経験がありながら、種子法については全く無知でした。そこで、まずは条文を読んでみることにしました。何度か読んでみて思ったことは、種子法は食糧難の時代にコメ・麦・大豆の種子の安定供給を促す目的があったのかな? 食糧難の時代が終わり、役割を終えて廃止されたのかな、というぼんやりしたもの。ただ、山田元大臣やメンバーが主張する“食の安全”や“グローバル企業”との関連性は全く見つけることができず、講演などを聞いてみないとわからないな、と感じていました。

そんなある時、地元で「種子法廃止で日本の農業はどうなる?」をテーマにした講演会が開かれることを知りました。講師は山田元大臣の後継者の男性で、選挙区を引き継ぎ、国会議員を目指す立候補予定者。ホームページを覗いてみるとそこには「種子法を復活させる」という公約が掲げられており、種子法にかける並々ならぬ想いが伝わってきました。講演会場は古民家を改装したカフェのような場所でした。講師の男性は山田元大臣のスライドを見せながら話を進め、種子法が廃止されたことで将来いかに恐ろしいことが起こるかを熱心に説明していました。講師は話の文末に「怖いですねー」と付け加えて話すのが癖のようで、私は途中から“先生の口癖を数える授業中の高校生”のような気持ちで聞いていました。

私はあまり知識がある方ではありませんが、講師の話にいくつも違和感を覚えました。たとえば、遺伝子組換え作物とそうでない作物の区別があいまいだったり、種子法を読んだ人なら知っているはずの事を思い出せなかったりと、基本的な部分が抑えられていないように感じたのです。また、「農薬の危険な真実を知った人が暗殺されている!」など、本当かどうかわからない話まで登場しました。私は失礼を承知でこんな質問をしてみました。

「種子法の条文、全部読みましたか?」

すると、講師からは「全部ではなく重要な部分を読んだが~」といったあいまいな答えが返ってきました。私はここでおかしいと直感しました。なぜなら種子法は8条しかない法律。全部読むのに5分とかからない極端に短いものなのです。ですので、講師が言う「重要な部分だけ」を読むというのは通常では考えられません。私は驚きを抑え、「あのー、まず条文を読んでみてはいかがですかね?」と提案したところ、講師は「そうします」とすんなり受け入れていました。予備知識の足りない私が言うのも何ですが、まさかA4の用紙にして2枚程度の条文を読まずに「種子法復活」を公約に掲げる政治家候補がいるというのは驚きでした(現在は削除されています)。私はここで、新たな疑問が湧きました。彼らはなぜ法律を読んでもいないのにこんなにも精力的に活動するのだろう? その目的は何なのかと。

そんな中、グループの奇妙な共通点を見つけました。なぜかメンバー全員が予防接種を打たないのです。その徹底ぶりはというと、本人だけでなく子供を含む家族にも、そして定期接種すらも激しく拒否するほどのものでした。メンバーに聞いてみると「子供が(麻疹などに)感染するのは、本物の免疫を獲得できる機会なので怖くない」「予防接種が有害である真実を政府が隠ぺいしている」などと話していました。驚くべきことに、子供が麻疹や風疹に感染するのを願う母親もいましたが、誰も咎める者はいませんでした。

私は「医療のことは医療機関に相談するべきでは?」と疑問をなげかけましたが、グループのリーダー(議員に立候補予定)やメンバーからは「君は知らないが、医療機関は真実を隠している。まずは知ることから始めよう」とたしなめられ、ワクチン忌避を煽る書籍を勧められました。私は予防接種を躊躇・拒否する、いわゆる「ワクチン忌避」の存在は知っていましたが、ここまで一堂に会するのを見たのは初めてでした。ワクチン忌避になるのはどんなきっかけだろう、と疑問に思っていましたが、この時初めてそれを目の当たりにしたのでした。「食の安全が売り渡される!」や「農業を守ろう!」というスローガンはその入り口になっていたのです。

調べを進めていくうちに、山田元大臣の著書に頻繁に登場する米国の女性活動家や農薬訴訟ビジネスに携わる弁護士、講演会の仲間などがことごとくワクチン忌避活動に関与していることがわかりました。また、元大臣の後継者で、今回の講演会の講師の男性も、ワクチン忌避活動家らと共に熱心に活動していることがわかりました。医療と公衆衛生の向上に努めるはずの政治家や後継者の立候補予定者らが、活動家たちと手を組み草の根運動のようにワクチン忌避を推し進めていたのです。私が愛し応援する農業が、反医療思想を表現するツールになっている事実は受け入れがたいものでした。私は程なくしてグループを離れました。そして、農業と食にまつわる話題をありのままに伝えることを仕事にしようと決めたのです。

つづく


◆筆者

農家BAR NaYa/ナヤラジオ 渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)

◆プロフィール

1984年長崎県出身。流通大手に就職し、千葉県船橋市で農産売場を担当する。2011年に地元に戻るも就職先が見つからず実家の畑を耕しながら農業を学ぶ。

あるとき小さな失敗が原因で規格外の野菜を大量に作ってしまい、やむなく軽トラで町まで運び、路上で販売する日々が始まる。これを機に消費者と直接話せることを期待するも、ほとんどの買い物客は農家の声に興味を示さず目論見が外れる。

せめて売上の増加につながればと思い、野菜と一緒にドリンクの販売を始めたところ好評に。ドリンクを飲みながらだと、農業トークも弾むことに気が付く。次第に「普段はどこでお店を開いているの?」と聞かれるようになったので、2018年に試しに「農家BAR NaYa」を開業した。50種類以上の珍しくて豊富な自家製果実酒を提供している。なぜか椎茸酒がいちばんの人気でいちばん不人気が梅酒(おいしいのに)。

カウンターでの農業トークがきっかけで2019年、エフエム諫早で農業バラエティ「ナヤラジオ」放送開始。メインパーソナリティを務める。番組の方針は「農業を飾ることなく、あらゆる方面からお話する」こと。2020年には株式会社ナヤカンパニーを設立。ふるさとに産業を興すべく、弟と共に羊牧場開設を目指す。

趣味は一人旅。中東や東ヨーロッパを中心に三十数か国を旅する。アラビア語と韓国語が少し話せるが滅多に使う機会がない。

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