【特集】農薬は誰のために?:座談会(後編)

web版『農業経営者』2002年10月1日 特集「農薬は誰のために?」から転載(一部再編集)

山形県において無登録農薬を販売した業者が逮捕されたことを皮切りとして、“無登録農薬”の問題が全国に波及している。現在までに山形及び東京の2業者が逮捕されているが、これら業者はダイホルタン、プリクトランという過去に登録失効した農薬を販売。それが全国30の都県で使用されていることが確認されている。これら農薬を使用した農家の中には、無登録であることを知っていながら使用した人たちもいることから、政府は、今まで無登録農薬の販売業者のみに罰則を科していた現行法を、使用者への罰則のあるものへと変更する方針を固めている。これは「有機・無農薬運動」や「トレーサビリティ」といった「食の安心」という話題が追求されていく中で当然の帰結として起こったことと言える。逆に言えば、農業の現場を知る者であれば、誰もが予想していたはずのことであり、“事件”というにはあまりにも自明のことであったはずだ。今マスコミでは、販売業者と使用した農家に対する批判が喧しい。しかし、当誌が何度も指摘しているように、マイナークロップの問題をはじめとして、現行の農薬登録や流通販売制度にも大きな問題があるのではないか。農産物消費の最前線におり、消費者への説明責任を有するはずの外食・量販店も、ただ「情報開示」と農家に要求し、問題が起こる度に商品棚から農産物を撤去するだけでは、その責務を全うしているとは言い難いのではないか。 “農薬は、農産物を食べる人のためにある”これが本誌の結論である。農薬メーカーから農家、フードビジネス業界まで“食”に関わる人々すべてがこの考え方を共有していなければ、消費者に対して最終商品としての農産物の安心を伝えることはできない。

座談会「農薬は農産物を食べる人たちのために」

(【出席者】橋野洋二(シンジェンタジャパン株式会社 マーケティング部 野菜クロップマネージャー)/築根照英(日産化学工業株式会社 農業化学品事業部 営業企画担当部長)/伊東 清(株式会社モスフードサービス 商品本部 アグリ事業グループ エキスパートリーダー))
※役職等は2002年10月当時のものです。

■農薬のリスクとベネフィットをきちんと議論する

 業界規模が3千億円しかない農薬業界が、国民の安全を保証するためのコストをすべて負担することには、確かに無理があるように思えます。その意味で、何らかの形で国民の税金でそれを保証していく環境を作っていくことは、正しい考えだと思います。“登録農薬の販売・使用”“情報公開”ということは、これから更に要求されてくるであろうし、食の安全という意味では必要なことだと思います。そこで、今回の座談会でマイナークロップ等の問題について語っているのは、現状では誰かが嘘をつかなければならない状況が存在しているからなのです。建て前ではいくらでもきれいごとが言えますが、今の法律では誰かがそのために嘘をつかなければならない。誰だって嘘なんかつきたくないのにです。だからこそ、外食や量販の人たちがこの問題を自分たちのこととして捉える必要があるし、彼らがメディアとなって消費者にもそういった現状を伝えていく必要があるのだと思うのです。

橋野 農薬取締法が施行された当初、まがい物の農薬が出回ったりしていたために、その効能を保証することが必要とされ、効果試験、薬害試験が条件付けられることになりました。また、消費者に対する安全性を担保する視点から残留試験が行われています。私たち農薬メーカーが負っている食の安全性に対する責任は当然ながら今後も重くなっていくでしょうから、残留試験はさらに重要なものとなっていくでしょう。
ただ、残留基準値の設定方法については、現状ではあまりに細分化され過ぎているという感が否めません。たとえば、コマツナやチンゲンサイといったものだけでなく、そこに京菜、シロナ、更に大阪シロナというように細分化されているのです。ここまで区切る必要があるのでしょうか。たとえば“菜っ葉類”など、もっと広い意味の作物に対して登録が取れれば、安全も担保されて労力も減ると思うのです。アメリカやEUでは、非常に合理的な動きで安全性基準は見直されているのですが、日本の場合、残留基準がどんどん細分化されていることで、コストや時間がより多くかかる結果となっているのです。これによって最終的に困るのは消費者であり、農家さんであるというのが今の状況です。

築根 同じアブラナ科野菜でも、ダイコン、キャベツ、ブロッコリーは、食べる部分が違うので、これらの登録は別のほうが良いと思います。しかし橋野さんがおっしゃった、京菜、シロナ、大阪シロナなどで作物残留に大きな違いはないでしょうから、登録は、菜っ葉類として同じグループにしても良いのではないかと思います。

 今お二人が話された内容は、本来であれば農産物の買い手企業の方々に知っていただかないといけない情報であるはずです。

伊東 そうですね。私が属している外食産業は、マイナー作物をメニューに載せる機会も多いですし、量販店に比べてよりマイナー作物の利用を推進していると言って良いでしょう。たとえばあるレストランが「ヨーロッパのこういったレストランでこんなメニューがあった。うちでも作りたいのでこの野菜を作ってくれないか」と農家にお願いするといったことも多く行われています。今回の一連の事件をきっかけにして、そこに対しての問題意識が少しずつですが業界の中で出てきているように感じています。

 今回の事件で、使用農薬の情報公開を生産者に求める量販店の声は更に大きくなっているようです。ただ個人的には、そういった要求を強く出しているのは比較的小さなスーパーや量販店が多いように見受けています。逆に、危機管理意識のある大手スーパーなどでは、このマイナー作物の問題などを含めてすべての情報が公開できる現状にはないということを認識しているのではないのでしょうか。
そしてこういった状況にあることを消費者やメディアにも積極的に伝えていかなければならないのではないかと思うのです。農薬メーカーから生産者、流通・小売、そして消費者やメディアまでが同じテーブルにつくことが重要ですし、そのためのイベントを当誌としても展開していこうと思います。

築根「農薬は、現在34項目ほどの膨大な安全性試験、生態影響試験などをやって登録を取っています。だから安全です」と言うだけでは、今日のような情報化時代には、一般の方にはなかなか理解してもらえません。農薬業界としても「農薬のこういう注意点はあるけれども、こういうメリットがあって、総合的に大切です」というようなPRをしなければいけないと感じています。農薬擁護派とか反農薬派とか、一元的な対立ではなく、農薬のリスクとベネフィットについて、きちんと同じレベル、目線で、双方向の議論ができるようになることが大切だと思います。農産物の安定供給、食の安全性の確保は、日本国民共通の課題ですし、そのために農薬の役割、農薬の問題は、避けては通れないテーマであるはずです。

橋野 そのあたりを真摯に考えている青果流通の責任者がいまして、そこが指導しながら、我々メーカーに声をかけて協力を仰ぐという動きが出てきています。流通小売は、もともと数量・質・価格の確保さえできれば、どうやって生産されたかというプロセスは問わなかったのです。その後安全性に対する関心が高まり、それを問うようになってきましたが、その問い方がどうも一方的であったのではと感じていました。ただ、こんな例もあります。一時、環境ホルモンの疑いがあるということで、50数種の農薬がリストアップされたことがありました。すると、一方的にある小売業の人がリストを作って、その契約農家に対してこの農薬は使うなという一方的なメッセージを出したのです。もちろん契約農家としては、買っていただいているお客様がそういう指示を出しているのだったらとできるだけ努力したのですが、そのリストにはあまりにも重要な農薬が含まれていて、生産が不可能か、あるいは仮にできたとしても農産物の値段を上げざるを得なかったのです。そこで、生産農家は訴えました。「この指示に従えば値段はこれくらいになりますが、買ってくれますか」と。すると、小売業者は「それはおまえたちの勝手な言い分だろう。今まで通りの値段で出せ」と言ってきました。でも「それだと生産が不安定になりますよ」と。両者間に、そのような軋轢が数年あったようです。最近は、ようやくその小売の人も「こちらからは、こういう農薬で作ってくれという指示は出すけれど、そちらの言い分も聞こう」と対話が成立し始めたそうです。このような変化の兆しはいろいろなところに見えてきているように思えます。

■「信頼」を獲得した者が選ばれていく時代へ

 BSE問題から偽装表示問題、そして今回の無登録農薬と、先ほど橋野さんが「起こるべくして起こった」と表現されていましたが、こういう状況が生まれてきた原因は、行政・農薬業界・農協そして生産者自身が、分かっていながら問題を放置し続けてきた“怠慢”にあると思うのです。それを反省した上で問題の解決に取り組んでいくことが必要です。それにはまず、行政が責任逃れをしてはいけない。生産者も、単なる作業員としてではなく、顧客を持つ経営者として、顧客に対する倫理観を持った上で農業経営を行わなければなりません。これからの日本の農業をそういう人たちが中心となって背負っていかなければ、食の安全を追求するなどということは不可能なのではないでしょうか。中国からの輸入野菜に許容値以上の残留農薬が検出されたことで喜んだ人たちがいたようです。翻って日本の農産物は安全なのかと考えた時、そうとは言えない現実が今私たちの前に存在しています。そのことを踏まえた上で嘘をつかないでもよいシステムを作る必要があるのではないでしょうか。最後に皆さん一言ずつお願いいたします。

築根 昆さんがおっしゃるような経営者としての意識を持っている農業経営者たちと、高齢化、兼業化している農家に、大雑把に言えば日本の生産者が二極化しつつあるようにも思えるのです。農薬についての知識も豊富で情報力も高い経営者がいる一方、なかには水稲除草剤を殺虫剤と間違えて育苗箱に散布してしまう方もいらっしゃる。こういった二極構造に対応した農薬のあり方も考えていかなければならないのかも知れません。やはり農薬の中には劇物もあるわけですから、それを取り扱うための資格制度といったシステム、しかし高齢者の方も、農業を続けられるようなシステムといったことが考えられても良いのかも知れません。

 確かに、農薬取締法が施行された当時とは生産構造も大きく変化しているわけですから、新しい普及のさせ方や仕組み作りが再検討されるべきだと思います。ただ、生産単位がどんなに小さかったとしても、人様の口に入るものを作ってお金をいただくという点においては同じですし、そこで求められる安全性に関する倫理感も同じはずです。そこには、高齢者かビジネスファーマーかといった違いがあってはならないものでしょう。

橋野 お年を召されて趣味の範囲で農業をやっている方々は別として、プロとして農業をやっている方々、とりわけ契約栽培などで顧客との直接のやりとりを行っている方々には、倫理観が非常に高い人たちが多いというのも事実だと思うのです。彼らの多くは農薬の散布歴を詳細に記録しています。また、今一生懸命に産地形成に取り組んでいる農協などでは、そこにいる農家たちの意識も高まっていますので、メンバー全体の倫理観が高いと感じることが多いです。
また話は変わりますが、GLP(検査実施適正基準【グッド・ラボラトリー・プラクティス】の略で、食品衛生検査施設の業務管理に使われる単語。食品のサンプリングから検査成績書発行までの全行程を一元的に管理することで、検査データの信頼性を確保するもの)という情報管理の考え方があるのですが、それはいわば、すべてをメモにとることで記録に残していく方法です。もちろん、隠すつもりで改ざんしようと思えばいくらでもできるのですが、すべてが一貫して書いてあるので、その人が信用できる人であれば、その記録の信憑性が非常に高まるというものです。生産現場でもそういった考え方を導入するとよいのではと考えました。

伊東 農薬に関する情報をお客様に伝えていくことは、外食業界にとっては非常に勇気のいることです。その点では、おそらく量販店よりも外食産業の方が難しいと思っています。それは今食べようとしているものには、農薬が付いているという見方をされてしまうからです。「農薬=悪」という感覚は払拭されているとは言い難いのが現状です。現在、多くの業種業態が、仕入れた農産物に対して「優良」を謳っています。でもこれからの時代は、店舗が「なぜ優良なのか」を説明できなければお客様に見透かされてしまうのです。ですから、安易に有機だ減農薬だという時代はもう終わるのではないかと感じています。それらによって食に関しての本当の安心・安全を担保していくことができるのかというと、やはり難しいのではないかと思うのです。そして、農薬に頼らざるを得ない場面では、「適正な農薬を適正に使っていきましょう」という当たり前のことを、農薬メーカーや産地と一体となって進めていくことが肝要なのではないかと感じています。その為には、一企業ではなく、業界全体で考えなければならないことは言うまでもありません。

 その通りだと思います。そして、それを農薬業界と共に行っていくべきなのではないかと思うのです。なぜなら、農薬のリスクとベネフィットを最も理解しているのは彼らだからです。逆に農薬業界にも「農産物を食べる人たちのために」という考え方がほとんど浸透していないのが現状と言って良いでしょう。ですので、先ほど述べたように皆が同じテーブルに付くことが重要なのです。
そして、これからは真面目できちっとした仕事をする人たちが、顧客の信頼を得て選ばれていく時代であって欲しいと思うのです。そしてそれは、官僚等に指導されたからといったことではなく、「商売を行う者としてそうするのが当然」という自発的な倫理観に基づいたものであるべきです。

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