【解説】「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?(3/4)

獣医師・サイエンスコミュニケーター 高畑菜穂子
日本獣医生命科学大学名誉教授 鈴木勝士
編集担当 紀平真理子

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セネフ博士とサムセル博士の主張②

グリホサートはグルテン過敏症と関係があり、それが生殖障害と関連している
セネフ博士とサムセル博士の2番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅱ:セリアック病とグルテン不耐性』という題名です。非セリアック・グルテン過敏症またはグルテン過敏症は、小麦などに含まれるタンパク質であるグルテンを含む食品を食べることによって起こる腸の病気です。彼らはグリホサートが、消化管内にある微生物を変化させることによりグルテン過敏症を引き起こすと主張しています。この主張も、三段論法に基づき結論されています。

命題①:グリホサートは消化管内微生物に影響する可能性がある。
命題②:グルテン過敏症患者の消化管内細菌には変化がみられる。
結論:だからグリホサートは消化管内細菌を変化させることで、グルテン過敏症を起こす。

三段論法をさらに発展させた主張
彼らはこの三段論法をさらに発展させて、グルテン過敏症患者は、非ホジキンリンパ腫と不妊、流産、先天異常などの生殖障害のリスクが増大しているので、グリホサートはそれらの病気にも関係していると主張しています。

グリホサートを含む除草剤と、非ホジキンリンパ腫や先天異常等の生殖障害の関連性を示す研究はありますが、環境中に存在する「少量」のグリホサートで、これらの病気が起こることを示した研究はありません。

大腸炎等の消化管の病気は、動物性タンパク質、精製糖、でんぷん、脂肪の多い加工食品の摂取という欧米型食生活によって大幅に増加したのは事実です。食生活の変化が消化管内に存在する微生物を変化させ、胃腸病を引き起こす可能性は否定できませんが、グリホサートがこれらの病気の原因になるという説は単なる仮説です。

セネフ博士とサムセル博士の主張③

グリホサートによるマンガンのキレート化が多くの問題を引き起こす
セネフ博士とサムセル博士の3番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅲ:マンガン、神経疾患、および関連する病理学』と題するものです。マンガンは金属の一種ですが、微量のマンガンは体内でさまざまな有益な役割を果たしています。そしてグリホサートがこのマンガンと結合して、キレート化合物(金属イオンと結合した化合物)を作ることが知られています。そこで彼らは次のような三段論法を使いました。

命題①:グリホサートはマンガンと結合する。
命題②:すると体内のマンガンのバランスが崩れてしまう。
結論:その結果、マンガンが必要な骨の石灰化が起こらなくなり、骨粗しょう症、骨軟化症が起こる。また、血液中のマンガンの減少はてんかんを引き起こす。

サンゴ礁の破壊もグリホサートが原因?
彼らは「グリホサートとマンガンのキレート化理論」を使い、グリホサートがサンゴ礁の破壊のような大規模な環境被害を引き起こすとまで主張しています。その根拠は、サンゴが自分の表面を覆う粘液には、「硫酸化糖タンパク質」が含まれていますが、このタンパク質を作るにはマンガンが必要です。グリホサートがマンガンと結合することでマンガン濃度が減少すると、サンゴはこのタンパク質を作ることができず、死滅するというものです。しかし、分解されずに農場から海に流れ出した微量のグリホサートが、そのような大きな変化を引き起こすことが証明されたことはなく、これも単なる推測に過ぎません。

セネフ博士とサムセル博士の主張を信じると、グリホサートはプリオン病の予防策?
セネフ博士とサムセル博士は、グリホサートがプリオン病を引き起こすとも言っています。プリオン病とは、人であれば老人の脳疾患である「ヤコブ病」、牛であれば世界で大きな問題になった「BSE」などの病気で、その原因は「プリオンタンパク質」と呼ばれています。このタンパク質に銅が結合しているときには病気を引き起さないのですが、銅の代わりにマンガンが結合すると、タンパク質に異常が起こり、有毒になって病気を引き起こします。セネフ博士とサムセル博士は、グリホサートがマンガンと結合すると、そのマンガンがプリオンたんぱく質に結合して、プリオン病を引き起こすと主張しています。しかしグリホサートがマンガンと結合すれば、プリオンタンパク質に結合するマンガンが減ってしまうので、プリオン病をむしろ予防することになるはずです。だから、この説も納得できるものではありません。

引用論文にも存在しないグリホサートとマンガンの関連
彼らは自分たちの説を裏付けるために、328もの文献を引用していますが、そのうち動物の体内でマンガンがグリホサートに影響を与えることを報告している論文は一つしかありません。しかもその論文は、乳牛の研究で、牛の尿中のグリホサート量と、マンガン濃度との間に関連は見つかっていません。つまり、グリホサートとマンガンの関係を示す事実はどこにも存在していません。そのためこの主張も誤りです。

セネフ博士とサムセル博士の主張④

グリホサートはがんの原因である
セネフ博士とサムセル博士の4番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅳ:がんと関連する病理学』と題するものです。彼らはグリホサートを含む除草剤の散布量の増加と、がん発生率の増加がよく似た時間経過を取っているため、がんの原因がグリホサートであると言っています。しかしこれら2つの間に、因果関係があるということは、二つの基本的な事実を無視するものです。

グリホサートの使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増加
まず一つ目は、「グリホサートを含む除草剤の使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増えた」という事実です。米国で、1974年から2014年までの40年の間に使用されたグリホサートの66%は、2004年から2014年までの10年間で使われています。そのため環境中から人が摂取したグリホサートも、遺伝子組換え作物の栽培拡大の2001年以降に増加しているはずです。

発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグ
二つ目の事実は、「発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグがある」ことです。グリホサートに暴露するとすぐにがんになるのではなく、何年か後でがんが見つかるはずです。そのためグリホサートを含む除草剤の使用量の増加と、がんの発生頻度の増加が時間的に重なっているという事実には矛盾が生じます。彼らの主張は、かえってグリホサートとがんに関連がないことを示しています。

統計学的な相関関係≠因果関係
さらにがんには無数の原因があり、その大部分は未知です。がん発生率と特定の物質への暴露の間に、統計学的な相関関係があるからと言って、すぐに因果関係があると結論付けるのは科学的な議論ではありません。

彼らはまた国際がん研究機関(IARC)が、グリホサートを「おそらく発がん性がある(2A)」と分類したことについても主張しています。しかしIARCは、「一部のがんの発生頻度の増加と、グリホサートを含む除草剤の使用量の増加が平行しているから、グリホサートに発がん性がある」などとは言ってはいません。このような根拠でグリホサートはがんを引き起こすという主張も科学的に正しいとは言えません。

(第4回に続く)
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