【解説】「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?(4/4)


獣医師・サイエンスコミュニケーター 高畑菜穂子
日本獣医生命科学大学名誉教授 鈴木勝士
編集担当 紀平真理子

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セネフ博士とサムセル博士の主張④

グリホサートはがんの原因である
セネフ博士とサムセル博士の4番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅳ:がんと関連する病理学』と題するものです。彼らはグリホサートを含む除草剤の散布量の増加と、がん発生率の増加がよく似た時間経過を取っているため、がんの原因がグリホサートであると言っています。しかしこれら2つの間に、因果関係があるということは、二つの基本的な事実を無視するものです。

グリホサートの使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増加
まず一つ目は、「グリホサートを含む除草剤の使用量は、遺伝子組換え作物の栽培拡大に伴って増えた」という事実です。米国で、1974年から2014年までの40年の間に使用されたグリホサートの66%は、2004年から2014年までの10年間で使われています。そのため環境中から人が摂取したグリホサートも、遺伝子組換え作物の栽培拡大の2001年以降に増加しているはずです。

発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグ
二つ目の事実は、「発がん物質への暴露とがんの出現の間にはタイムラグがある」ことです。グリホサートに暴露するとすぐにがんになるのではなく、何年か後でがんが見つかるはずです。そのためグリホサートを含む除草剤の使用量の増加と、がんの発生頻度の増加が時間的に重なっているという事実には矛盾が生じます。彼らの主張は、かえってグリホサートとがんに関連がないことを示しています。

統計学的な相関関係≠因果関係
さらにがんには無数の原因があり、その大部分は未知です。がん発生率と特定の物質への暴露の間に、統計学的な相関関係があるからと言って、すぐに因果関係があると結論付けるのは科学的な議論ではありません。

彼らはまた国際がん研究機関(IARC)が、グリホサートを「おそらく発がん性がある(2A)」と分類したことについても主張しています。しかしIARCは、「一部のがんの発生頻度の増加と、グリホサートを含む除草剤の使用量の増加が平行しているから、グリホサートに発がん性がある」などとは言ってはいません。このような根拠でグリホサートはがんを引き起こすという主張も科学的に正しいとは言えません。

セネフ博士とサムセル博士の主張⑤

グリホサートはタンパク質のグリシンに置き換えられ、病気の原因となる
セネフ博士とサムセル博士の5番目の論文は、『グリホサート、現代病への経路Ⅴ:多種のタンパク質中でのグリシンのアミノ酸類縁体』という題名です。そしてここでも、三段論法が使われています。

命題①:グリホサートはグリシンというアミノ酸を含んでいる。
命題②:人の体のタンパク質には、多くのグリシンが含まれている。
結論:体内でタンパク質が合成されるときに、グリシンではなくグリホサートがタンパク質に組み込まれると、それが原因で多くの病気が引き起こされる。

根拠にならない未発表の論文
彼らは引き起こされる病気の例として、糖尿病、肥満、喘息、慢性閉そく性肺疾患、肺水腫、副腎機能不全、甲状腺機能低下、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、プリオン病、紅斑性狼瘡、ミトコンドリア病、非ホジキンリンパ腫、神経管閉鎖不全、不妊、高血圧、緑内障、骨粗しょう症、脂肪肝、じん不全などを列挙しています。

グリホサートがタンパク質中のグリシンに置きかえができる根拠として、彼らが用いた論理には間違いがあります。まずグリホサートがグリシンと置き換わるのは、実験室の中での人工的な条件下のみであり、生きている生物の体内で、自然の状態では起こったという研究はありません。さらに彼らは発表されていない論文を根拠としていますが、もしその論文が科学的に正しければ、論文として発表され、他の研究者の検証を経ているはずです。

科学の正しさには段階がある

第1段階:仮説を実験で証明し、それを論文にする。
第2段階:これを論文として投稿する。科学者の査読を受けて認められれば、科学誌に掲載される。
第3段階:科学誌を読んだ多くの科学者が、その内容を検証し、多くの科学者の同意が得られて初めて「科学的に認められた」と主張できる。

セネフ博士とサムセル博士が根拠とした「発表されていない論文」は第1段階です。これは議論の課題にもなりません。またセネフ博士とサムセル博士の論文も、第3段階で否定されたので、正しい科学ではありません。

主張を否定する論文のみ存在
もし仮にグリホサートがタンパク質に取り込まれるとしても、それはグリシンと直接競合することも考える必要があります。身体は本来グリホサートではなく、グリシンを取り込むようにできているので、グリホサートを取り込むことは非常に効率が悪いと考えられます。

さらに言えば、グリホサートはタンパク質の中に取り込まれないことを証明した実験があります。大腸菌を高濃度(1g/L)のグリホサートを含む溶液で培養しても、タンパク質にグリホサートが取り込まれませんでした。つまりグリホサートが、グリシンに代わってタンパク質に取り込まれるという証拠は存在しません。逆にそのようなことは起こらない、という実験結果が存在するのです。つまりセネフ博士とサムセル博士の主張は、間違いだと言えます。

まとめ

セネフ博士とサムセル博士の論文で用いられた方法には、大きな間違いがあります。彼らは「三段論法に基づいた演繹的推論」を使いグリホサートの危険性を主張していますが、この論法は、2つ以上の命題から結論が引き出されたものです。セネフ博士とサムセル博士の最初の命題は、一般的にグリホサートの特性に関するものです。2番目の命題は、人の生理学に関するものです。これらの命題から、グリホサートと、さまざまな異なる病気の原因との間に因果的な関連があると主張していますが、これまで見てきたとおり、その三段論法は間違っているのです。

間違った三段論法の例1:
命題①:グリホサートはマンガンと結合して、マンガンを減らす。
命題②:精子の運動性はマンガンに影響を受けている。
結論:グリホサートは不妊と先天異常の原因である。

また、この推論を発展させて、グリホサートがマンガンと結合することが、自閉症、アルツハイマー病、パーキンソン症、不安障害、骨粗しょう症、炎症性腸疾患、腎結石、骨軟化症、胆汁うっ滞、甲状腺機能障害、および不妊症の原因だと言及している。さらに最近になって、まったく同じ推論を用いて、グリホサートとマンガンの結合が、米国での自閉症の増加の間に因果関係があると主張している。

しかしグリホサートと、それらの慢性疾患との間の因果関係を立証する科学的な研究は存在していない。

間違った三段論法の例2:
命題①:グリホサートが亜鉛とコバルトと結合する。
命題②:発生障害と代謝障害が起こる。
結論:そして無頭症を引き起こす。

しかしマンガンの場合と同様に、日常生活で摂取する程度の微量のグリホサートの量では、亜鉛とコバルトの働きが阻害されて無頭症の子供が生まれるなどという証拠はない。

要するに、新たな科学的な実験に基づいた結論ではなく、現存するさまざまな論文から「グリホサートに関連するもの」と「人の病気に関連するもの」を拾い出し、三段論法を用いて科学的にはあり得ない推論を主張しているに過ぎません。また彼らが科学誌に掲載した論文はメスネイジ博士とアントニオ博士により検証され、否定されました。つまり科学的に認められていない主張です。

私たちはセネフ博士とサムセル博士の主張を検証する時に、ノーベル賞を受賞した理論物理学者のリチャードファインマンが言った有名な言葉を思い出します。「あなたの理論がどんなに美しく、いかにあなたがスマートであったとしても、もしそれが実験と合致しなかったら、それは間違っている」この言葉通り、彼らが主張するグリホサートに関する議論は一見スマートな論理展開で、かっこよく見えたとしても、実はそれは根拠のない推測であり、実験的裏付けがなく、間違っています。このような間違った議論は、世界各国の規制当局、工業界、そして関係者の莫大な時間を無駄にしています。そして、もっと重要な研究を実施するのに使うべき資源を滞らせてしまいます。これは科学界だけではなく消費者の不利益にも繋がってしまう恐れがあるのです。


引用論文
1Samsel A, Seneff S. Glyphosate’s suppression of cytochrome P450 enzymes and amino acid biosynthesis by the gut microbiome: pathways to modern diseases. Entropy (2013) 15(4):1416–63. doi:10.3390/e15041416
腸管微生物によるシトクロームP450酵素とアミノ酸生合成のグリホサートによる抑制:現代病への経路
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases II: celiac sprue and gluten intolerance. Interdiscip Toxicol (2013) 6(4):159–84. doi:10.2478/intox-2013-0026
グリホサート、現代病への経路Ⅱ:セリアック病とグルテン不耐性
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int (2015) 6:45. doi:10.4103/2152-7806.153876
グリホサート、現代病への経路Ⅲ:マンガン、神経疾患、および関連する病理学
Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases IV: cancer and related pathologies. J Biol Phys Chem (2015) 15:121–59. doi:10.4024/11SA15R. jbpc.15.03
グリホサート、現代病への経路Ⅳ:がんと関連する病理学
Samsel A, Seneff S. Glyphosate pathways to modern diseases V: amino acid analogue of glycine in diverse proteins. J Biol Phys Chem (2016) 16:9–49. doi:10.4024/03SA16A.jbpc.16.01
グリホサート、現代病への経路Ⅴ:多種のタンパク質中でのグリシンのアミノ酸類縁体

1Mesnage R, Antoniou MN. Facts and Fallacies in the Debate on Glyphosate Toxicity. Front Public Health. 2017; 5: 316. doi: 10.3389/fpubh.2017.00316
グリホサートの毒性に関する論争の事実と誤り

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