【解説】「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?(2/4)

獣医師・サイエンスコミュニケーター 高畑菜穂子
日本獣医生命科学大学名誉教授 鈴木勝士
編集担当 紀平真理子

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グリホサートは多くの慢性疾患の病因か?
セネフ博士とサムセル博士の主張を解説

ここでは「グリホサートが多くの慢性疾患の病因」というセネフ博士とサムセル博士の主張について、科学的に検証します。
※世界の規制当局が行ったグリホサート関連製品のリスク評価については、こちらをご覧ください。

三段論法の間違った使用により導き出された結論
セネフ博士とサムセル博士の主張の多くは、「三段論法」を使って議論を組み立てています。三段論法とは、誰もが正しいと思える事実を起点として、妥当な結論を導き出す方法で、一般的な前提から、個別の結論を出す演繹的推論ですが、間違った結論を導くのに使うこともできてしまいます。これは「三段論法の誤謬(syllogism fallacy)」といわれるもので、要は間違いです。三段論法を用いた論文に関して、正しく用いられていることを確認するためには、結論を出すための2つの命題が厳密な証拠に基づいており、生物学的に意味をなすものなければいけません。

例えば、「命題①:すべての人は死ぬべき運命にある。命題②:ソクラテスは人である。結論:したがってソクラテスは死ぬべき運命にある」という例は意味のある三段論法です。しかし、「命題①:すべての猫は死ぬべき運命にある。命題②:ソクラテスは死ぬべき運命にある。結論:したがってソクラテスは猫である」という例は、明らかに「三段論法の誤謬」です。この解説ではセネフ博士とサムセル博士の三段論法に間違いがないか、という視点で検証しました。

セネフ博士とサムセル博士の主張①

欧米型の食生活に関係するほとんどの病気と症状は、グリホサートが関係している
セネフ博士とサムセル博士の最初の論文は、『腸管微生物によるシトクロームP450酵素とアミノ酸生合成のグリホサートによる抑制:現代病への経路』という題名です。その内容は、以下の通りです。

欧米型の食生活に関係するほとんどの病気と症状は、グリホサートが関係している。その理由は以下の通りだ。
命題①:グリホサートの摂取により、主に肝臓にあるシトクロームP450と呼ばれる化学物質代謝酵素が抑制される。
命題②:抑制されると、人の消化管内にある微生物叢によるアミノ酸の生合成が抑制される。
結論:結果として様々な健康被害が出る。

偏った引用論文
彼らの命題①である「グリホサートがシトクロームP450という化学物質代謝酵素を阻害する」という主張は、「植物で行われた研究」と「グリホサート以外の農薬で実施された研究」からの推測に過ぎません。一部の研究では、農業用に使用する高濃度(10g/L程度=薬量500ml/希釈水量50L/10a)のグリホサートが、シトクロームP450を抑制することを示していますが、散布したラウンドアップは急速に分解するため、環境中で検出される量も、作物から検出される量も、極めて微量です。そのため人が環境中から摂取する微量(約0.1-1μg/kg体重/日)のグリホサートでは、その抑制はありません。またこの論文は、ラットなどの哺乳類でも人の培養細胞株でも、「環境中に存在する微量のグリホサートで、シトクロームP450の活性が増加した」という研究結果があるのですが、彼らはこれを無視しています。

ラウンドアップの議論は「グリホサート」か「補助剤」か
さらに彼らは、「米国におけるグリホサートの規制量に相当するラウンドアップ(0.7mg/L)をラットに飲水投与するとシトクロームP450が抑制された」という研究を引用していますが、ラウンドアップにはグリホサートだけではなく、界面活性剤などの補助剤が入っているため、「シトクロームP450を抑制したのがグリホサートである」という根拠はありません。

ラウンドアップの毒性を議論する時は、それが「グリホサートによるものか」「補助剤によるものか」をきちんと区別しなくていけません。補助剤である界面活性剤についても、今から25年ほど前までは培養細胞に対する毒性がグリホサートより強い界面活性剤が使われていましたが、現在は使われていません。(界面活性剤については、「グリホサートは危険ではない?よくあるご質問」をご覧ください)つまりグリホサートもラウンドアップも、シトクロームP450の活性を上昇させることは明らかであり、彼らの命題①は誤りです。

証明不足は単なる「仮説」
次に彼らは、命題②として「グリホサートが、人の消化管内にある微生物によるアミノ酸の合成を阻害する」と主張しました。この根拠は、「グリホサートが、植物であるニンジンの培養細胞のアミノ酸量を減少させた」という研究です。たしかに一部の細菌は、植物が生きるために必要なアミノ酸を合成するシキミ酸回路と同じ仕組みを持っているので、グリホサートがその一部の細菌のアミノ酸合成を阻害する可能性はあります。しかしこれは、あくまでも仮説に過ぎず、これを証明した研究はありません。

またグリホサートには抗生物質の作用があることは知られていますが、それは「細菌に対してではなく、原虫に対する作用」です。そして環境に存在するレベルの低濃度のグリホサートが、哺乳動物の消化管内にある微生物に作用したことを証明した研究はありません。つまり命題②も証明されていません。そのためもちろん結論にも科学的根拠があるとは言えません。

第3回に続く)

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